男はどうして一人の女に飽き、女はそうならないのか

 男は結婚してしばらくすると相手の体に飽きる。このことは女性の学者も述べていることだから確かだろうし、社会を見回しても間違いなさそうだ。

 そうすると女性の方は不遇を託つし、寂しいものだから誰か別の相手を見つけたくなる。そんな女性の心裡は理解できる。

 男の方は不倫に走り、挙句の果てに離婚という事態を迎えることもしばしばだ。昔の女性はそんな状態でも我慢したが、今はそうではない。

 ただもともと嫉妬深い女性もいる。夫や交際相手に疚しいことがなくても女性の方が謂れのない嫉妬をして男性を困らせるし、いらいらさせる。

 そうなると男性の方もその女性から離れていくことも多いだろう。これは最近の社会現象ではなく、古く万葉集の歌にも見られる。

 その好例が仁徳天皇とその后の磐之媛命の関係である。仁徳天皇である大鷦鷯尊は弟に皇位を譲ろうとしたが弟の菟道稚郎子はあくまで受けず、とうとう自殺をしてしまった。

 仁徳天皇になった大鷦鷯尊は仁政を敷き、国民に慕われた。即位してから4年、人家の(かまど)から炊煙が立ち上っていないことに気づいて3年間租税を免除した。

その間は倹約のために宮殿の屋根も葺き替えなかったと

記紀は伝えている。そんな政治での誠実味はしかし、対女性では見られず、かなり好色な男性であったようだ。

 最初の皇后の磐之媛命は極めて嫉妬深い性格をしていて、天皇が見初めた女性を宮中に入れるのを大いに嫌った。

 だが皇后が留守にしている間に八田皇女を宮中にとうとういれ、それに嫉妬した皇后はとうとう宮中に戻らず、自分の別邸に住み、そこで亡くなった。

 

 そんな皇后の歌が万葉集にも残っている。

「かくばかり 恋いつつあらずは 高山の 磐根し枕きて 死なましものを」などはその中でも有名な歌だ。

ところで仁徳天皇は応神天皇の子供であったが、八田皇女も異母ではあるが、応神天皇の娘である。近親相姦の最たるものであるが、当時は同じ父の子であっても位の高い人の子は同居していなかったと思われる。

だから妹に取って現在の兄であるような感覚はなかったのではないかと想像できる。この八田皇女の例だけではなく、万葉集には近親相姦の例はいくつも紹介されている。

ソクラテスの妻のクサンチッペも悪妻の代表格だ。ソクラテスは述べている。「ぜひ結婚しなさい。よい妻を持てば幸せになれる。悪い妻を持てば私のように哲学者になれる」

だが「ソクラテスのような男と結婚すれば、女はみんな悪妻になってしまう」との旨を述べている女性文筆家もいて、彼女はソクラテスの女性関係も知っていたのではないか。。

米第16代大統領のリンカーンの妻メアリーも極めて嫉妬深かったため、リンカーンの家庭生活はあまり幸福ではなかった。アメリカの作家、デール・カーネギーは「彼が

暗殺されたことは、彼の結婚にくらべれば悲劇というに足りない」と言っている。

だがこの裏にはソクラテスやリンカーンの浮気あるいは浮気心があったのではないか。それが前提となってクサンチッペやメアリーの嫉妬心が燃え上がったのだと想像することができる。

リンカーンは極めて誠実な性格をしていた人であるが、こと女性との関係に関してはそう誠実であったとも言えない。

こんな偉人でもそうであるなら、一般人の男性の女性関係も自ずと想像されるというものだ。

浮気をしようものなら即離婚という現在のアメリカでも私の知った男性のほとんどが浮気をしている。彼らは妻または自分が出張すればそれをチャンスと、浮気をするのだ。

これは神様の間違いであろうか。いや、そうは思えない。神様がいるかどうか確信はないが、動物の雄は自分の配偶者以外とは必ずと言っていいほど交尾をする。

生物とは自己複製をする存在と言える。そうであれば自分の子孫をできるだけ多種多数残したいという遺伝子が体の中にあるのだろう。

だが雌はそうでない。何故だろうか。人の場合では子供を宿すと体内で10か月も養育しなければならない。そんなところに一夫を守るという習性が生れたかも知れない。

酒巻 修平

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