今日の言葉
二宮翁夜話より引用
116)米作の積小為大
翁のことばに、世間の人は、とかく小事をきらって大事をのぞむけれども、本来、大は小の積ったものだ。だから、小を積んで大をなすほかに方法はない。いま、日本国中の田は広大無辺無数といってよいほどある。ところがその田地は、みんなーくわずつ耕し、一株ずつ植え、一株ずつ刈りとるのだ。その田一反を耕すのに、くわの数は三万以上になる。その稲の株数は、一万五千内外もあろう。みんな一株ずつ植えて、一株ずつ刈りとるのだ。その田からみのった米粒は、一升で六万四千八百余粒あるし、この米を白米にするには、一うすのきねの数は千五六百以上になる。その手数を考えてみるがよい。だからして、小事を勤めねばならぬいわれがよく知れよう。
【引用 二宮翁夜話(上) 福住正兄:原著 佐々井典比古:訳注】
小さなことを1つずつ
最初にミヒャエルエンデ著「モモ」より、道路清掃人ベッポじいさんの言葉を紹介します。
なあモモ、とっても長い道路を受け持つことがあるんだ。
恐ろしく長くてこれじゃとてもやり切れないと思ってしまう。
そこで、せかせかと働きだす。
どんどんスピードを上げていく、時々目を上げて見たのだが、いつ見ても残りの道路は減っていない。
だから、もっとすごい勢いで働きまくる。
心配でたまらないのだ。
そして、しまいに息が切れて動けなくなってしまう。
でも道路はまだ残っているのだ。
こういうやり方はいかんのだ。
1度に道路の全部のことを考えてはいかん。
わかるか?次の1歩ことだけ、次のひと呼吸のことだけ、次のひと掃きのことだけを考えるのだ。
いつも、ただ、次のことだけをな。
すると楽しくなってくる。
これが大事なのだ。
楽しければ仕事がうまくはかどる。
こういうふうにやらなきゃダメなんだ。
ひょっと気がついたときには、1歩1歩進んだ道路が全部終わっておる。
どうやってやり遂げたかは自分でもわからん息も切れていない。これが大事なのだ。
~ミヒャエル・エンデ『モモ』より引用~
「モモ」は1973年にドイツで発行された児童文学書です。
二宮金次郎の「米作の積小為大」とミヒャエルエンデの「ベッポじいさんの言葉」は同じようなことを語っています。
人として大切なことは、小さなことを1ずつ積み重ねていくこと。
二宮金次郎の時代も現代も変らないことですね。
二宮金次郎の夜話116段「米作の積小為大」を読んで、そんなことを感じました。