お世辞とアメリカ人

日本人はお世辞に弱いと古くから言い伝えられています。それでは日本人以外の例えばアメリカ人はどうでしょうか。私の経験をお話します。

 今を去る50年近く前のことです。その当時私は日米の合弁会社に勤めるサラリーマンでした。アメリカの親会社は巨大企業で、日本側は零細企業でした。そうは言うもののアメリカ側の親会社は日本の会社を馬鹿にすることもなく、対等に付き合ってくれていました。

 ある日アメリカの親会社から偉い人が来日しました。仕事上の要件は忘れてしまいましたが、二人の背の高い人が私の勤める会社にました。当時は外人が日本には少なく、私に取っては彼らは初めてみるアメリカ任でした。

しかし土曜日日曜日は仕事がなく彼らも暇です。そこで私が命令されて彼らを日本見物に連れて行くことになりました。勿論彼らは日本語を話せません。私の英語もそのころはとてもおぼつかないもので、私は冷や汗をながしながら、英語で説明しながら諸所を案内しました。

 そのうち彼らの一人が私に向かって「今日は会社の金で遊べるから、お前はラッキーだな」と言いました。必死に英語を話している私にはラッキーだと思う気持ちがなかったので、「いや、あなた方は大切な人たちだから、こうして案内しているのは仕事の一環です」と言うとその人は黙ってしまいました。

 この大切な人というのがお世辞かどうかは定義が難しいところですが、彼らに取っては褒められたことには間違いがありません。私は無事この大役(?)を果たしてまた月曜日から日ごろの仕事に戻りました。

 それから何週間か経って、私がお世辞らしいことを言った人から社長に連絡があり、「彼を一度アメリカへよこしてはどうか」と言っていきました。社長は私と彼の間に何があったか分からないまま、ある機会を見つけて私をアメリカへ出張に出しました。

 会社も意味もなくアメリカ出張を命じて経費を掛けることはありません。将来のことを考えて私を出張に出したのでしょう、私は出張から帰ってきてから課長に任命されました。

 私はどんな業績を上げた訳ではないので、これはあの「大切な人」という一言が理由になっているのだなと直感しました。

 それからその会社から独立し、アメリカとの取引をしながら会社を運営していましたが、どこでもアメリカ人との取引ではお世辞が重要な役目をしました。サーフィンの付属品のメーカーだった「Dakine」という会社と取引しているときです。

 メーァーのNo.3の営業部長は仕事のできない男で、的外れな要求ばっかりしてきます。それで私もその男を馬鹿にしていました。当然彼は私を嫌います。そうこうしているとNo.2のcontrolerがある日私に「彼にお世辞を言ってくれ」と頼みました。

 そこで私は知恵をしぼって彼の小さな業績を過大に褒めると彼の私に対する態度がころっと変わり、それからは私の要求は何でも飲むようになりました。

 また別の件で仕事のとても良くできるNo.4の国際部長の女性に試しにお世辞を言ったことがあります。これはお世辞ではあるのですが、彼女は本当に仕事ができるので「あなたのお陰で貴社の国際取引が何のトラブルもなく履行されている」と言ったのです。

 彼女はそれに対して「Thank you for your kind words」と返してきました。アメリカではお世辞のことを「kind words」というのだとこのときに知ったのですが、日本語のお世辞とはちょっとニュアンスが違います。

 それから面白くなってお世辞を連発しているとどんな場合も仕事がスムーズにいきます。私はお世辞大魔王になりました。

 アメリカ人がお世辞に弱いと知っているのは私だけではないようです。中国の習近平はアメリカ大統領のトランプにさんざんお世辞を言い、トランプは習近平を良い人だと評したと新聞に書いてありました。

 アメリカでは政治家も大企業家お世辞に弱いのです。勿論日本人も例外ではありませんが、アメリカの方が日本人よりお世辞に弱いのは身をもって体験しました。こつは根拠のない空お世辞ではなく、その人が一番得意としていることを過大に褒めることです。それで上手く行けばいいではなにのでしょうか。

酒巻 修平

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