おねしょ、いじめ、空を泳ぐ夢

子供の一人が幼いころおねしょが治らなくて、お母さん(すなわち私の妻)が寝る前に水を飲むなとか、今日は我慢しようねとか子供がおねしょをしないように気を使っていました。しかしおねしょは一向に治りません。

 そこで私の出番となりました。私は妻と違う作戦を考えてその子供が寝る前言ってやりました。「水を飲んでもいいよ。じゃんじゃん飲みな。それでおねしょをしてもいいよ。どうせ大人になってもおねしょをする人はいないから、おねしょするのは今のうちだよ。おねしょは気持ちが良いからね。お父さんも子供ころはよくやったものだ」

 そのように妻と反対のことを言ったのです。その日以来その子供はおねしょは治ってしまいました。その子は今40歳を過ぎ、ある会社の重要な役職に付いています。

 違う子供の話です。どうも学校でいじめにあっているらしいのです。どうして分かったのか、その学校の指導方針が良かったのか、家庭に連絡があったのです。これも私の出番です。

 学校に行くといじめをした側の子供とお母さんが待機していました。先生が心配顔で見守っています。私は微笑みながら(これが大切)、「私が酒巻の父です。初めまして」などとさりげなく子供とお母さんたちを見回しました。

 子供は気が弱そうで、意気地なしに見えました。そうです。いじめをする子供は体力か精神のどちらかが弱いからいじめをするのです。そこで私は子供たちに尋ねました(いじめた子は3人いました)。

 「いじめは楽しいの?」そう聞くと誰も答えません。どこかで子供ながら精神の葛藤があるようです。そこで付け加えて「いじめなどしてもしょうがないから、家へ遊びにおいで。必ず来てね」。そう言うとお母さんは泣き出しました。私が怒ると思っていたのに反対に優しい態度を取られたので、泣いてしまったのです。

 自分の母さんがなくものだからいじめた子供もおろおろしています。結局一人の子供のお母さんが我が家に誤りにやってきましたが、それっきりいじめはなくなりました。

 さて今度は私自身の話です。私は39歳のころまで空を泳ぐ夢をよく見ました。原因は分かっています。私はまったく泳げなくて、それが劣等感になっていました。子供のころから喘息の発作が出て、体育の授業も休むことが多かったのです。

 大人になっても泳げないものだから、プールへ子供と遊びに行っても、邪魔にされて馬鹿にされる始末です。そこで考えました。40歳までにクロールでオリンピック種目の最長区間の1500メートルを休みなく泳いでやろうと計画したのです。計画したのは夏なので、生まれ月の2月までは6か月以上あります。

 クロールは息継ぎが難しいから泳げない人が多いのが分かりました。最初は顔を水の中に入れる訓練です。これも実は怖いのです。しかしそのうち慣れました。

 その次が息継ぎです。最初は水の中に顔を入れて息を吐き、顔を上げて息を吸うのです。これも1日、2日でできました。それから実地です。最初は5メートル。それから徐々に距離を伸ばしていこうとしましたが、なかなか25メートルまで辿り着けません。途中で肺が疲れるのです。でも少しだけどクロールで泳ぐことができるようになりました。

 25メートルは簡単でしたが、200メートルを超すのは容易ではありませんでした。1か月も掛かったでしょうか。200メートル泳げるようになると500、800、1200メートルと距離が伸びて行き、2月5日に記念水泳大会を家族でやりました。私が1500メートルを泳ぐのを子供たちが見るのです。

 私は1500メートルを40分ほど掛かって泳ぎ切り、その後家族全員でお寿司を食べに行きました。そして子供にもクロールを教え全員できるようになりました。もう空を泳ぐ夢を見なくなりました。

 そう言えば子供に教える前に例のいじめられっ子を水泳教室に入れました。しかし馬鹿なコーチのアルバイト学生がスパルタ教育をして、その子は水恐怖症になってしまいました。また仕方がないので、私がそれを治し、今その子はサーフィンを楽しみ会社を経営しています。

 これら全ては脳の問題です。脳を優しくしてやる方法、強くする方法、全てが脳を如何に使うかに掛かっています。

酒巻 修平

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