コロナは今年で終息するのか

 今回のコロナの大流行は経済的にも大きなダメージを世界経済に与えた。今は終息する方向に向かっているように思えるが予断は許さないだ。

 もしコロナが来年も再来年もまた繰り返しあるいは継続して流行するなら、多くの企業体が経済的に受けるダメージは計り知れない。

 14世紀から始まったペストの流行は17世紀、場所によっては19世紀まで続いた。流行は早期に食い止められなかったのは当時の医療の未発達によるとは考えられるが、コロナに対応することに関してだけ考えると医療は当時と比較してそう変わっているわけではない。

 即ち来年も再来年も流行が繰り返される可能性もあるのだ。その時に政府は何等かの手を打てるのか打つ意思があるのか、何とも心もとない。

 ところで経済的なダメージに関して考えてみよう。このコロナの死亡率は低い。罹患者の数も種々の対策によって何とか抑えられている。

 では普通のインフルエンザはどうか。2019年の秋から2020年の春までアメリカでは12000人の人が亡くなった。(日本の統計はまだ未提出だ)。

 アメリカのインフルエンザの死亡者数は最近増加傾向にある。日本でもアメリカと同様で、推測によると老人人口が増加したためだというのが一般的な見方だ。

 コロナでも老人の死亡者が多い。これはインフルエンザと似ているが、どういうわけかインフルエンザ防止の対策は予防接種くらいだ。

 それなのに何故インフルエンザは経済にダメージを与えないのに、コロナはそうではないのか。いくつかの理由はあるが、それは情報の与え方の違いとも言える。

 テレビや新聞は営業的に凋落傾向にある。それは人のニーズが多様化したためであると言えるが、新聞社やテレビ局に取っては死活問題である。

 そこへコロナの流行。新しい菌による流行は視聴率を稼ぐには格好のニュースであった。風邪やインフルエンザでも同様程度の人数が罹患して死亡しているが、この話題は陳腐である。報道機関に取っては視聴率を稼げる問題ではない。

従って人がコロナに対して風邪やインフルエンザの何倍も恐怖感を感じるのは報道機関の責任とも言えるのではないか。

 このコロナの流行は社会現象も変化させた。マスクにしてもそうだ。恐ろしい病気だというので、必要以上のマスクを買い求めた人が多かったので、マスクは一時市場から姿を消した。

 マスクは本当にコロナ防止に効果があるのか。結論は極めて限定的だろう。マスクをしていてもいなくても近くに保菌者がいると罹患する可能性は高い。マスクをしていても罹患するだろう。

 トイレットペーパー、ティッシュペーパーあるいは食料品の一部も極端な品薄現象が起きた。それは何等かの恐怖感によるものだ。

 政府の対応の拙さも恐怖を起こさせる原因の一つだ。厚生労働省という極めて不誠実な官僚が蠢く官庁は未だにアビガンの承認を真剣に考えてはいない。

 それはそうかも知れない。日本での死者数はたった1000人だ。インフルエンザの死者数と比較してもかなり低い率であるので、アビガンの承認に消極的になるのは不誠実な人に取って当たり前のことだ。

 だがそれでは経済に対するダメージはどうするのか。国家予算から巨額の資金を供給して国民に収入を少しでも与えるように努力している部門もあるのだ。

 最大限の努力をして検査キットの生産をもっともっと増加させる必要があるのではないか。2週間の間隔を空けて2回陰性になった人には外出許可証を与えて外出を自由にするようにしたら良いではないか。

 外出が要請される人あるいは外出したい人が1億人いるとするとその全員を検査するのは一日700から800万人を検査対象にしなければならない。

 新聞によると一日20万人の人が検査できるようになったとむしろ誇らしげに書いてあるが、それでは到底間に合わない。

 700万から800万人の人の検査は容易ではないが、医師だけでなく、看護婦、検査技師、消防署員、自衛官などを総動員して検査をすれば良い。

 検査キットも薬品メーカーだけでなく、少しでも生産の可能性のある工場に依頼して作れば良い。

 そのようなことができれば外出している人は無菌者の可能性が極めて高い。来年のあるいは継続した流行があるとすればこのくらいのことはしなければならないだろう。

 これは国家の危機だ。本来はそうではないはずが誰かが国家の危機に仕立て上げたのだ。それは故意ではないが、意識の低さから来ている。とにかく厚生労働省だけは信じてはいけない。

酒巻 修平

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