声の使い方

 人がどのようにして言葉を話せ、色んな声を出すことができるのか、その進化の過程は分からない。突然できたとすればどういう自然界や人体の中の変化があったのか、もし徐々に進化して声が出せるようになったというならそれはどのようなのか、進化論の決着がいまだ付いていない現状では知ることができない。

 研究は進化論学者に任せるとして、我々が歌を歌い、話すことができ、種々の声を出せることは事実である。

 動物と比べて目、耳、鼻の機能は劣っているのにどうして声帯だけが他の動物より優位なのか、これまた不思議だ。だがそんなに声帯が発達しているのであればその声帯をできるだけ利用しないともったいない。

 歌を歌えるのでカラオケを楽しむことができるし、熟練したオペラの歌手の素晴らしい発声は多くの人を感動させるだろう。

 そんなテクニックは別としてまだまだ声の使用法はある。ある時知人の家に行ったことがあった。その家では小鳥を飼っていて丁度私が行った時は鳥かごから出して放し飼いにしてあった。

 

 だが鳥は私が来たので驚いてかごの中に逃げ帰ってしまった。私は優しい声で鳥が分かるはずがないのに、何か色々と話しかけた。

 その日はそれで終わったが、次にその家へ行った時やはり放し飼いにしてあった鳥は私の姿を見ても逃げなかった。私は前通り優しい言葉を使い「君は可愛いね、良い声で囀るね。羽の色も素敵だよ」とか何とか取りに向かって言ってやった。

 鳥は首を傾げながら私を見ていて驚くとか警戒心を持つとかはしなかった。ますます可愛くなって私は色々と話しかけた。

 次に行った時のことである。私がしばらくその家の知人と話していると何と鳥が私の肩に止まったではないか。私は鳥が多分私に懐くだろうとは予想していたがここまで慣れるとは思ってもみなかった。

 鳥だけではない。散歩している犬に話しかけると犬もじゃれる。犬も優しい声が好きなのだなと分かる。猫はなかなか懐かないが女性が好きなようだ。女性の声の方が恐怖感を抱かせないからだろう。

 動物がそうであれば人間はどうだろうかと考えている。欧米の人は女性の良い声を表現するのに「sweet and low」という言葉を使う。やはり優しい声が好きなのだ。

 Sweetは柔らかい声の表現だし、Lowは静かな話し方を指しているのだろう。甲高く、大きな声はどうも敬遠される。アメリカで俳優になるのは声もその要素に一つだと聞いたことがある。そう言えば女性が国のトップになれば戦争が起きないと聞いたことがある。

 恋を語るのに大きく高い声は出さない。相手にだけ聞こえるような小さな声で甘く囁くように語り掛ける。声はそういう意味で人を含む動物に取って極めて大切なコミュニケーション手段なのであろう。

 喧嘩の雰囲気になってきたら意識して声のトーンを落とせば喧嘩に発展しないだろうし、ライオンは敵を威嚇するために唸り声を出す。

 そう言えばアメリカ人は大声で話すのを常とし、戦争が絶えないし、あの芯のない声はオペラ歌手向きではない。

 その点日本人は大きな声を出さないように自制している。だから「和を以て尊し」とする気風が生れたとも思える。

 喧嘩の絶えない家では子供の精神は傷付けられ、その後も精神の安定が図れない。優しい声が充満する過程の子供は嫌な学校の勉強にも努力して付いて行き、大学の受験では効力を発揮する。だから有名大学の入学試験にも合格する人は静かな諍いのない家庭の子女が多いだろう。

 時代劇の主役は滅多に興奮しないので、大きな仕事を成し遂げる。それが分かってそのような役回りを作ったのか、自然発生的にそうなったのか。どちらにしても大きな仕事をするには静かな心で安定して声を出す必要があるようだ。

 子供を持てば母親は意図して「Sweet and Low」な声で話そう。それが子供を良い学校へやる一番の方法かも知れない。優しい声は人も自分も幸せな気持ちする。

酒巻 修平

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