コンピューターが奪うもの

 コンピュータ―は近年にない大きな発明です。一人の人がそれを作り出したのではなく、自然発生的に創作されたものです。

 人の単純労働を失くし、とても人類社会に大きな貢献をしているのは実際に肌で感じることができます。それが故に使い方を誤ると人類社会に大きな害悪を流すだろうということも簡単に予想できるでしょう。

 人の単純労働がなくなるということは良いことでしょうが、それは同時に職を奪うことでもあります。コンピュータ―ができるような事務作業を厭う人はいませんでしたが、コンピュータ―がそんな人の職を沢山奪いました。

 だがコンピューターを使うために入力するのは同時に大変な労力を要します。コンピューターは大勢の人の仕事を失くしましたが、一部の人の仕事はもっと大変になり、そういう意味では仕事を軽減したかどうか疑問でもあります。

 ですが人全体の仕事量を考えるとコンピューターは大きな役割を果たしているでしょう。

 瞬時に何百万もの人名リストも作り上げるし、世界各国の人が求める事項の検索も可能です。

 ですがコンピューターは人が介在しないと動きません。動力も供給してやらなければならないのです。

 人は自分で食糧を探し自分で食べます。それが動力の元となります。ですがどんなに工夫を凝らしても自働コンピュータ―など作ることはできません。

 仕事の元になっているプログラム、システムも人が作らなければならないのです。データを収集することもできません。コンピューターは人がいなければ存在しない算盤と同じと考えて基本的には間違いではありません。

 作るのも人、使うのも人なのです。誰かに頼ってコンピュータ―を使用しているのです。

 これから分ることは作る側と使用する側に人が別れるということです。これは貧富の差を生じさせるでしょう。

 コンピュータ―が発達すればするほど貧富の差は激しくなります。それと使用するのが特に巧みな人も大きな富を獲得すると思われます。

 人が考えるのは時間が掛かります。例えば東京から大阪までどのくらい所要時間が必要かは時刻表を見て地下鉄などの乗換などを考慮して算出しなければなりません。コンピューターがあれば考える必要はなくなるのです。

 もちろん自宅から最寄り駅までの歩く時間なども考慮しなければなりませんが、誤差はほとんど出ません。

 コンピューターは人が考える時間を省いてくれるのです。逆に言えば人は考えることを止めます。

 これは大きいことです。ものを考えたり創造したりするのは人が生きていく上でとても大切です。

 それを半分以上放棄することにならないでしょうか。そうであれば文化を廃るし、予想外のことが出来すれば対処法がすぐには出てきません。

 東京電力災害は人がすぐにものを考えないことから発生しました。あんな海抜の低いところに原子力発電所を建設して危険が発生するのを考えなかったから起ったのです。

 実はあの事故は想定外ではありませんでした。過去にはもっと大きい津波が来襲していたのに、そのデータが生かされなかったのです。

 それに津波が来たら山の上まで非難していれば誰も死ななくてすんだはずです。それをやらなかったのは全て人が考えを中止したからに他なりません。

 我々はコンピューターを超優秀な計算機として利用しなければならないと思います。ですが今は人がコンピューターが人を使用しています。

 コンピューターは考えることができないので、コンピューターで要求することに従って人は行動しなければならない事態に陥っています。

 お金を引き出すのにATMというコンピューターの指示通りうごかなければならないのはご存知の通りです。

 完全なルール社会が現出しようとしています。今に人はルールがなければ何もできないようになるでしょう。これでは人ではありません。

 犯罪も多発します。暴力犯ではないけれど、コンピューターの使用が巧みな人が人を騙すことが多くなっています。

 コンピューターは人の社会を豊かにしてきました。ですがこれからはもっとコンピューターの使用方法を考えなければ害悪の方が多くなるでしょう。

 北朝鮮のコンピューターに侵入して原子爆弾を作動させる人が現れたらどうなるでしょうか。考えてもそら恐ろしいことではないでしょうか。

酒巻 修平

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