ギャンブルは何故面白いか
私の友達は競馬が大好きです。毎月10000円を限度として楽しんでいます。
大体負けるのですが、たまに勝つこともあるようです。
一回に使う金額は3000円ほど。なかなか楽しそうです。
彼は下手ですが、10回に1回くらいは勝って、そのときは私にも酒をご馳走してくれます
彼は倍率10倍くらいのものを狙って賭けているのですが、10回に一回勝つと賭け金と配当はとんとんですね。
ところが彼の計算は違うのです。
3000円はお小遣い。だから楽しむだけ。
勝つと30000円。結構なお小遣いなのです。
昔中国にこんな人がいました。(昔の中国は面白い人が多かったな)
その人は労務者なので、爪に火を灯すような生活をしています。
というのも収入の一部をギャンブルのために貯めているからです。10万円の収入だと、1万円くらい貯金をする。
そろそろ老齢に差し掛かるころ、それまで貯めたお金を丁半博打につぎ込む。そんな人生設計をしていたのですね。
確率は1/2。勝つと貯金が倍です。そうなると家作でも買って後は悠々自適の生活をするというわけです。
負けるとどうなるか。
負けると今までの生活と同じ生活を続けるのです。同じ生活だから慣れていて死ぬ思いはしません。
日本の今は貧しくても、働けば何とかなります。でも日本でも経済があまり発展していない江戸時代以前、働き口がそうそうあるものではなかったのです。
税金が払えなくなるとか、病気をすると娘を売春婦として売るのは時代劇で、よくありますね。
現在のアメリカでもそうです。職がない人には失業手当など出るようですが、働く意思がなければ駄目です。
だからギャンブルをしなさいということではありません。能力のない人に取って、ギャンブルは最後の砦かも知れません。
私は長年事業を運営してきましたから、ギャンブルはいやというほどやったのですね。
しかし事業は頭を使えばギャンブルではなくなります。ギャンブルは偶然に賭け、事業は論理に賭けますから違うものです。
ギャンブルではなく、病気をしたり、老年で職がなくなったりしたとき、生きていくくらいのお金は欲しいものです。
一人で何兆円か持っている人がいます。
富は偏重します。そんな人がいるからお金が回ってこないのです。
偏重を少しでも公平に均す努力して欲しいものですね。我々が中年のころ「1億総中流」という社会がありました。
そこでは全ての人が裕福で幸せそうで、犯罪も少なかったものです。
そのころより経済が発展しているのに、何故1億総貧乏なのでしょう。
酒巻 修平