社会改革-人口減少

今は高齢化社会と言われて、高齢者の比率が若年層に対して多くなり、人口も減少していっているようです。

 この原因は出生率が低いことにあります。経済的な理由や将来に対する不安、住宅問題などこの状態をもたらす状態を解消しなければなりません。

 将来に対する不安や住宅問題も突き詰めると経済的な問題です。高齢者になっても大金があれば整った老人ホームに入れるでしょうし、住宅問題など簡単に解決します。

 では今の経済は50年いや30年前の経済より悪かったでしょうか。そんなことは決してないと考えます。

 50年前は私も車を持っていませんでした。買えなかったからです。クーラーもないし、携帯電話、自宅の風呂、コンピューターなど、それこそ、ないないづくしだったのです。

 もっと前はどうでしょう。昭和15年、10年、大正時代、明治、江戸、そんなころの出生率はどうだったのでしょうか。

 統計を見なくても分かります。子供の誕生を心待ちにした両親も多かったでしょう。私の親戚の家庭では子供は6人います。

 そんなころ経済はどうだったのでしょうか。我が家では麦ごはんでした。当時麦の値段は米の半分。味は不味かったと記憶しています。

 江戸時代には避妊の方法が良く分からなくて、子供を欲しくなくてもできていましたが、それでも最低限の子供は欲しがったようです。

 これで少子化問題は経済問題とは直接繋がらないのが分かりますね。私は貧乏人の子沢山という言葉を聞いたことがあります。

 どうして貧乏な人には子供が沢山いるのでしょうか。お金がないからやることがないので、子供が沢山できるのでしょうか。これでは経済的な余裕と子供に数が反比例しませんか。

 そうです。無敵艦隊がいたころのスペインでは裕福な家庭ほど子供を欲しがらなかったのです。優秀な人の子は統計的には優秀になる確率が高いので、スペインではその所為で国力が低下しました。

 日本でも優秀な人やお金に余裕がある人の方が子供の数は少ない傾向にないでしょうか。そんな統計があるかどうかは分かりませんが、この現象は何となく理解できそうです。

 どうしてでしょうか。物を考えるからでしょうか。日本の将来に夢がないと子供を持つと不安です。子供は別としても孫のことまで面倒をみることはできません。

 どんなに優秀な人でもお金持ちの人にも、死が平等に訪れます。死んでしまうと孫の面倒をみることができなくなります。

 優秀な人や金儲けの上手な人の子供が必ずしも、同じ能力を持っているとは限らないのです。どんなに学校の勉強ができても駄目です。それは優秀さや金儲けの才を意味しません。

 結局子供を産むことを含め、人の行動はその人の精神作用から生まれてくるものです。

 子供を作る気がなければ子供が生まれてくるわけがありません。ですから出生率を高くしたいと思うなら子供を産みたい気持ちを持たせる計画を立てないと結果が出て来ないと考えます。

 自分たちだけが良ければ良いという考えの政治家や会社の経営者があまりに多いし、社会も停滞しています。他にも原因があると思いますが、経済問題ばかりに目が行っていないでしょうか。

 もし将来が今より良い社会が現出するのが確実なら、誰もが子供をもっと生むと思いませんか。

酒巻 修平

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