ワンちゃん

犬には自分を飼ってくれる家を自分が選ぶ権限があると思っているのだろうか。

 その犬は野良犬らしいのだが、前の主人とはぐれたのか、首輪を付けていた。いつからいたのか、いつの間にか近所に居ついて、ある家で食べ物を貰っていた。

 その家には前から飼われている犬がいて、もう一匹飼う余裕がない。犬はどこかに寝て、時間になると食べ物を貰うためにその家に来る。

 その犬が我が家にいつからしょっちゅうくるようになったのか、きっかけは分からないが、犬が嫌いな妻は来る犬を恐れていた。

 そのうち妻と散歩に出ると、その犬が付いて来るようになった。子供の後も追い掛ける。

 私は犬が好きだったが、妻の影響を受けたのか、子供は全て犬が苦手だ。犬に後を付けられると逃げる。

 犬は諦めない。子供が近所の歯医者に行く為自転車に乗ると全速力で追い掛ける。子供は逃げて、歯医者の前に自転車を置いて、大急ぎで、医院内に入る。

 3,40分医者の治療を受けたので、もう犬はいないだろうと思って外に出ると、まだそこに待っていて、尻尾を思い切り振っている。

 仕方なく、自転車を漕いで家に帰ると家の前で座った。そんなことが続き、到頭根負けして、その犬を飼うことにした。私の発言権は当時強かった。

 飼い始めた翌日、いつも食べ物を与えていた家のご夫婦が様子を見に来た。家の庭に入ろうとすると、犬は大きな声で威嚇して。ご夫婦はショックを受けた。 

飼うと犬はなついた。あんなに犬嫌いだった妻は反対に犬がいないと夜も昼も開けないような生活をするようになってしまった。

犬は買ってやった犬小屋のメーカー名「寺田」の前の部分を取り、「テラ」と名付けられた。犬に命令する。叱る。遊んでやる。そんな毎日が続いた。 

 しかしテラは犬小屋に絶対に入ろうとしない。外に繋れているのに、雨の日でも駄目。だから時々は家に入れていた。その行為は皆で「犬入れ」と称した。

 朝夕の犬の散歩は妻と私の役目になった。私は近所の広場に行くとテラを放してやる。そうすると転げるように走った。まだ1歳半くらいと動物病院で鑑定された若いテラは元気だった。

 引っ越しをした。今度の家は横浜で、道路から10メーターも上がって土地に家はあった。テラそこに繋いでおいた。誰か見知らぬ人が来ると番犬振りを発揮して激しく吠える。

 テラはときどき家から脱走する。姿が見えないので、妻が大きな声で呼ぶと家が建っていない坂を上り、妻の元に駆け上がってくる。そうして妻のところにくると尻尾を振って妻に捕まってしまう。それを妻は夕飯にときに話した。

 そうしてテラは成犬になり、そこで7年ばかり過ごした。それから家族はまた引っ越しをした。前回と同じで引っ越しをした後、何日かは不安で、悲しそうな声を出した。

 だんだんテラを家の中で飼うようになってきた。家族が食事をしていると椅子に乗り、家族の食べ物を欲しがって首を伸ばす。それを妻が叱る。悲しそうだが、諦める。そんな楽しい日々を何年も続いた。

 そのテラが癌に罹った。手術はしても駄目なので、そのまま放置するように医者と話し合いが付いた日は悲しかった。

 それでもテラはそれから何年も生きた。最後はもう歩けなくなって、家の中で排泄をした。もう見ていられない。夜には亡くなると思われたが、最後は一人にしてやろうと全員1時ころに寝た。

 朝起きてくるともう死んでいたが、体はまだ温かかった。娘は「この家を守ってね」と手を合わせた。悲しかったが、テラの横たわった姿は神々しかった。

酒巻 修平

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