夕飯

 仕事を終わったら5時だった。6時から見たいテレビがあるので、急いで電車に乗る。

 電車を降りると6時15分前。大丈夫、間に合うと、改札を出て右に曲がる。まだラッシュアワーには早いと見えて、一緒に降りた人はぱらぱら。

 家に着くと5分前。もう少し早く歩くといいのだが、不整脈があるので、ま、このくらいの速度で良いかなと玄関ドアを開けた。

 真っ先にテレビのリモコンを取り上げて、BSにチャンネルを合わせると、まだコマーシャルが終わっていなかった。

 始まりを気にしながら、服を着替える(と言っても脱ぐだけで、いつもはシャツとパンツ)と丁度始まった。

 ほぼ毎日放映されているから、再放送で同じものが5回も出てくることがある。でも丁度その日は見ていないものだった。

 無理をして買ったリクライニングチェアに座って見ていると、夕飯になる。長年買い集めたぐい吞みが2,30食器棚に入っているので、コマーシャルの間に選ぶ。

 今日は鍋だ。卓上コンロに火が入り、1合ちょっと入る徳利が運ばれてくると、先ず白菜を食べる。美味しい。腹が減っていたので、大して味がないものでも、最初の一噛みが堪えられない。

 白菜が喉を通ると箸を置き、ぐい吞みを取り上げる。すると悪漢に酷い目に合わされた副主人公が登場して、どんな悪さをされた話すと、筋が見えてくる。それを追うと手にした杯が宙で止まる。

筋が展開を見せると酒を飲む。今日あった雑事が脳から消えた。深まった秋に飲む酒の旨さ。酒は2L950円の安酒だが、これでも純米酒。贅沢は言えない。

 もう少し若いころはこの徳利で1本半飲んでいたが、最近は眠くなるので、一本にしている。だからぐびぐびやらないで、ちびちびやる。筋の進み具合に合わせて酒を飲むのは結構大変だが、それは自分の責任。

 テレビでは主人公が3両の金を工面して芸者屋に遊ぶ。別に遊びたくはないのだが、事件解決に必要と思い芸者屋に上がったのだ。

 それを岡惚れしている居候先の女主人がやきもきするのだが、主人公はこの辺の経緯を明かさない。

芸者は敵持ちの元大商家のお嬢さん。美しすぎる芸者だが、三味線の音や着ている和服が耳や目に美しい。そんな場面では酒が進み、徳利が残り少なくなってくる。 

 その美しいお嬢さんに惚れている手代あたりのハンサムガイが無謀にも敵陣へ一人で殴り込み、返り討ちにあって、事件が急展開。このときは酒より筋。テレビに目が釘付けになる。

悪漢は若年寄。政府高官なのに、庭が狭すぎるし、庭石はどうもプラスティックだ、何故灯篭をあんなところに配置するのだろう。などと言うなかれ。

それなりに時代考証もやってあり、ほろ酔いの目にはそのくらいで充分。三味線の奏でる自然音階。日本絹の沈んだ光沢。風前の灯の伝統文化は、ここでは生きている。

最後は主人公が20人ほどの悪漢をばっさばっさと切って事件は解決。荒唐無稽なものなのだが、これでないといけない。

筋が複雑すぎるとか、あまりにも簡単だと見る気がしない。この番組くらいが丁度いいのだ。

開けた窓からまだ鳴き残った秋の虫が最後の声を立てている。ああ酒は美味しいなと思いながら、時代劇を見て、虫の音を聞くと今日も一日良い日だったなとしみじみ酒に感謝をする。

酒巻 修平

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