労働の意義の変遷

 不労所得という言葉があるくらいだから、労働とは所得を目的とする行為であると定義して良さそうだ。

生物は子孫を残すために生きている。子孫を残すためには生き延び、生殖活動をしなければならない。生きるためには最低限空気と食料を必要とするが、空気は簡単に手に入っても食料はそうはいかない。

 ここに労働が発生する。労働の初期の目的は食糧を確保するためだった。農耕が発明される前は木や草からも食料を得ていたと考えられるが、主な食糧は他の動物を捕獲することによって得た。

 そのうち勢力の強いものが現れ、文化を形成するようになった。ここでの労働は上流階級に取っては労務者を働かせることになってきたであろう。しかし労働者階級は文化などにはたいして興味がなく、やはり食料を求めて働いだのだ。

 文化は一種の娯楽である。大きな建物に住み、ギャンブルを行い、快楽のために生殖活動を行う。上流階級にあっては労働者を使うことが労働であっても、その最終目的は快楽や娯楽など自己の脳の使用である。

 経済が発達すると労働者階級の人間に取っても、食料を得るだけが労働の意義ではなくなった。成立した貨幣制度の元、貨幣を稼ぎ、その貨幣を食料、娯楽、家、などのためにも使うようになった。これは人類史上、大きな変遷、変革であった。

 近代に近づくに従って、食料を得るための労働の割合は少なくなってくる。エンゲル係数なる思想が生まれ、所得のうちの食料を得るための割合がどのくらいであるかという概念ができるくらい、労働の目的は食糧確保以外にも広がった。

 貨幣は自分が所属するグループの外から物資やサービスを得るための換算レートの役割をする。輸出入は貨幣によってもたらされる。

 貨幣はまた飢餓を少なくしたと思われる。飢饉が発生しても他のグループから食料を調達する手段が発達したのだから。

 労働は貨幣を稼ぐためになってきたが、貨幣は交換しないとその役目を果たせない。だから労働の目的は貨幣の先にあるものを得るためになった。

 貨幣は便利である。物々交換では物の体積が大きいので、貯蔵するにも不便であるので、将来の要求を満たすことが簡単ではない。その点貨幣はすぐに交換する必要がなく、将来のために置いておくこともできる。

 労働の目的は貨幣の出現により多様化してきた。将来の飢餓に備えることもできるし、戦争の具を調達することもできる。従って、貨幣のために労働するという本末転倒の様相を呈するようになった。

 貨幣が貯蓄されると、物やサービスの量は貯蓄された貨幣の量の分だけ減る。貨幣経済が今のように発達していない時には貨幣は単なる交換価値の尺度でしかなかったが、今や貯蓄の手段の方がその意義が大きい。

 下層の人たちに貨幣が回って来ないのは、上層の富裕層や会社が貨幣を貯蓄するからだ。下層の人たちの労働生産性は悪くなる。すなわち賃金が充分貰えなくなる。

 最近は労働の為に労働する人も増えた。貨幣が生活を支える程度にあるのに、労働をする。これは将来に備えて貨幣を貯蓄するという目的だけではない。自分の頭脳を使う労働という行為を人は行いたいのだ。

 人は他の動物と違って、生殖目的だけには生きていない。発達した頭脳を楽しみのために使う。

 そうすると未来の労働はどのように変遷していくのか。いつかは分からないが、労働は楽しみのためだけになってくるだろう。

政府が充分人の要求に応えられるなら、労働しなくてもあるいは労働できなくても、衣食住には困らない社会が現出すると考えられる。

しかし勤労意欲を失いうことにより人は生きる目的を失くす。精神は荒廃するだろう。そんなことを避けるために労働しなくてはならない。

酒巻 修平

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