医師百態 ― その2

 前に住んでいた付近にとても流行っている病院があった。病院と言っても待合室も小さく、患者が溢れかえり座るところはない。そこで病院側では患者の携帯電話を聞いて、診察時間が近づくと教えてくれる。

 長いときは4時間くらい掛かるので、用事を済ませたり家で待機することもしばしば。混んでいる理由はいくつかあるが、一番はその病院の医師(そこには医師は一人しかいない)が元日しか休診しないことである。

 患者のためを思ってそうしているのかと感心したが、単純に仕事が好きだからと別の医師が教えてくれた。その人のお父さんも医師らしいのだが、やはり元日しか休みを取らないのだそうだ。

 これで合点がいったが、あるときその医師にそんなに座ってばかりいては運動不足にならないのかと尋ねた。この人は気さくな人で話し易く、何にでも話に乗ってくれるので、つい尋ねたのだ。すると自分の足を示しこれだと言う。見ると脚におもりを付けて、歩く度に運動になるよう心掛けていた。

 医療の腕は忘れてしまったが何科にも対応する人で、便利この上ない。どんな科も診るということは専門的ではないので、他の病院を紹介して欲しいと言うと嫌な顔など一切せず、気軽に紹介状を書いてくれる。東大病院だろうが、慶応病院だろうが、順天堂だろうが、頓着しない。面白い人だった。

 患者に取って困る医師も当然いる。風邪か何かでその病院を訪れると種々検査をされた。そこで尿酸値が7.5もあるので、あなたは痛風だと言われ薬を処方された。しかし今まで痛風で足が痛んだこともないので、薬は飲まずにおいた。何回か通うと今度は糖尿病の気がある、いやこればもう完全な糖尿病だ。すぐに薬を飲まなければならない。そんなことを言いながらまた薬を出した。

 どうも疑わしいとセカンドオピニオンを聞くためその近所の医師の診察を仰いだ。すると尿酸値が7.5というだけで痛風とは言えない。今まで足が痛んだことがないなら気にすることはない。薬は飲まなくても良い。糖尿でもない。尿酸値は少し高いが身体の癖だろうと呆れる始末。それから20年以上も経つが痛風に悩まされることはないし、糖尿病でもない。その医師は収入のために病気を捏造する人だった。

 10年ほど前から不整脈に悩まされている。酷いときは脈拍が200以上にもなり頭が空白になる。しかし心臓が辛いとかどこかが痛いということはない。ただ体全体が気持ち悪くなり、もう死ぬのではないかと思うくらいだ。今は慣れて脈拍を病院で測ると80-90の間で、日常生活に支障は全くない。

 色々な病院に掛かったが前にも言った通り病院では病気は治らない。一時医療難民になったがある病院を見つけてからはずっとそこに通っている。中程度の規模の病院だが、素晴らしい。保険証を忘れても次に持って来て欲しいというし、こちらを覚えてくれているのだろう、病院の関係者が全て挨拶してくれる。

 即ち人を先ず信用することから始めるようで、今では少ない対応方針にこちらもきっちりとしなければならないと心掛ける。医師は私の下らない持論に真剣に耳を傾けてくれるし、言うことのない素晴らしい病院である。

 近所の歯医者に行った。診察室に入ると「どうしたの?どこが悪いの?」と聞く。即ちこちらを上目線で見てぞんざいな言葉をきくのだ。相手は私より30歳程度も若い男。腹が立って「あなたは患者にいつもそのような口の利き方をするのか」と尋ねると「では診察を止めるか」と質問に質問を返す。仕方がないのでこちらも「日本では初対面の人や明らかに年上の人には一応丁寧な言葉を使うものでしょう」と診察台から降りてそこを去った。妻にそのことを言うと「大人気ない」と逆に非難されたが、こういう医者の腕が良かった験しがないので、自分の大切な体を預ける気がしない。

 15年ほど前、妻が癌に罹った。その前に妻は酷い頭痛に悩まされていたが、原因は動脈瘤のようだった。評判の良い病院で何年か診察を受けて薬を処方されているうちに治ってしまった。医師は同道した私にも脳のCT図を見せて説明してくれた。すると人間の体は不思議なものでその動脈瘤を避けてバイパスの血管が形成されていた。それで癌の手術には何の差しさわりもないということで別の超有名な病院で手術を受けることになった。

しかしそこの医師はかつて存在した動脈瘤を気に掛け、手術を躊躇している気配が濃厚。説明に呼ばれた妻と私に主治医は動脈瘤があるから抗がん剤と放射線治療で行きましょうという。そんなことだけでは治療効果が半減以下になるのにと聞いていると3,40分もその話だけ。堪りかねた私は「では手術中に動脈瘤が原因で患者に大きな問題が発生する可能性は何パーセントくらいあるのか」と聞くと、1、2%と言う。そこで「先生、あなたの説明には整合性がないじゃないか。たった1,2%の危険度のため手術を止め抗がん剤と放射線で治療すると死亡率は1,2%じゃ済まないだろう。それに話の大半がたった1、2%の危険度のことばかり。手術中に万一のことがあっても咎めないから手術をしてくれ」と頼んだ。

その妻が1年も経たないうちに癌が転移したと診断された。今度は左手の付け根の背中の辺り、そしてその「癌」はみるみる大きくなって直径10cm以上になった。妻は流石このときは覚悟し、子供たちも皆新しい治療方法を持ちより心配している。私は一人気にしなかったので、全員に白い目で見られる。

癌は人の新陳代謝のやりそこないから発生するものだからこれは癌ではないと見ていたのだ。老齢に達した人の新陳代謝がそんなに早い訳がない。しかし細胞診の数値は「5」。どうも腑に落ちないが事実は事実。私は担当医に考えを伝えた。しかし医師は手術を敢行し、もう一度細胞診をすると今度は「1」。完全に健全な細胞である。私は「検体の取り違えではないか」と詰ると医師は「そんなことはあってはならないことだが、それも含め検討します」と言っているうちにそれは単なるおできと決着が付いた。

過剰治療のためか体の調子はあまり良くないが妻は今でも毎日出歩き、一般的な生活を楽しんでいる。その病院では院内で死亡されることを怖れ、患者のことは二の次のようだった。

医師もサラリーマンも、造園師、看護婦、学校の先生、どんな職業の人も10人に一人はちゃんとしている。折角の人生。そんな人たちと付き合いをしたいと考えているのは間違いだろうか。

酒巻 修平

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