歯医者難民

 何年か前に何本か歯が役に立たなくなって、その部分が入れ歯になってしまった。その歯医者さんは昔早くて腕が良かったのだが、今回は前回よりお年も召されていて、技術の劣化が進んでいた。

 それでもさる大学病院の付属口腔外科で診てもらったとき治療費は200万円では済まないと言われていた。そこではインターンらしい女性が不器用そうに歯を触るので、もう駄目だと一回で行かなくなった。前から掛かりつけの歯医者さんの料金はそれと比べ物にならないほど低額だったので、そこで治療をしてもらうことにした。

 それでもあぶく銭を持たない身、相当な決意をしなければ支払えないような金額を支払って入れ歯ができあがった。見た目には綺麗だったが、使いここちは今一つ。こんなに自分の歯が少ないと歯医者さんも困ったろうが、取り敢えず我慢しながら使っていた。

 歯を磨く前にはその入れ歯は取り外さなければならないので、面倒だが、そんな作業も毎日行った。何しろもう自分自身の歯の数は少ない。メンテナンスをしないとそれこそ総入れ歯になってしまう。とても頑張って手入れをしたつもりだ。

 それからも何度かアフターケアのためにその歯医者さんに通っていたが、ある日虫歯の部分を詰めて被せた金属が取れてしまった。残った歯は尖がっているとみえて舌が当たる度に飛び上がるほど痛い。

 すぐさまその歯医者さんの元に駆け付け、保存しておいた外れた詰め物の金属を持って再充填してもらった。施術は昼前に終わりランチを食べるため食堂に入った。しかし物を噛むと今度は激痛がする。

 痛いので歯医者さんに行ったのに、もっと痛くなるのは理不尽だと思い、案外上手だと聞いていた近くの別の歯医者さんに行った。その人はかなり老齢に見えて技量を怪しんだが、話がまことに面白い。

 一時間半も話しっぱなしで、結局噛み合わせが悪いから一本の歯に負担が掛かり過ぎてそこが痛む。だから作り直さなければならないと言われた。

 ところで人は生まれたとき虫歯菌は無菌だそうだ。虫歯は空気感染しないので、他の人の口の中のものが入ってきて虫歯になると言うのだ。どうも知らないのは私くらいで誰でも知っているような情報のようだ。

 そこで「ではキスをするにはどうするのだ」と問うと「歯を磨いてからするのだ」という応え。恐れ入ってしまって「では人生の半分の楽しみがなくなるではないか」と問い詰めると「虫歯になるか、人生の半分の楽しみがなくなるかは本人の考え次第」とやり込められた。

 お母さんが子供に口移しで食べ物を与えたり、鍋を共箸で突いたりするのは以ての外だよと追加するので、「先生、あなたはお酒を飲まないでしょう」と反撃すると「その通り」とお酒を飲みない人の生真面目さを再確認してしまった。

 歯医者さんは他の歯医者さんのことを必ず貶す。確率は99%くらいだ。しかし普通のお医者さんは他の医者のことを庇う。この辺が歯医者と普通のお医者さんの違いかと分析してみた。

 そう言えば普通のお医者さんは医師と呼ばれるのに歯医者さんは医師とは呼ばれない。あるいは私が無知なだけかもしれないが、歯医者さん本人も自分のことを歯医者と言って、医師とは言わない。

 新しい歯医者さんは営業成績のことも考えているのだろう。盛んに噛み合わせが悪いの作り直さなければならないと強調する。それを前の歯医者さんに告げると「そんなことはない。ほんの微妙な加減でそうなるだけで、そんなことを言うのはおかしい」と反論。

 私は迷っている。どちらの言い分が正しいのか。どちらの歯医者さんに掛かったら良いのか。どちらも駄目なような気がする。誰に聞いても義歯を入れて100%満足している人はいないところを考えると歯科技工は相当難しい工作なのだなあと身が震える。

 傷んだ個所は懸命のブラッシングで軽快した。もう歯医者さんに行く必要もないとは思うものの、そうもいかない。決着を付けておかないと不安である。

 治療費も歯医者さんによってばらばらだ。こんなに安くて良いのかと思うところがある反面、何故こんなに料金が掛かるのだと不思議なときもある。私は悲しい。歯医者さんは誰も信じられない。私は歯医者難民である。

酒巻 修平

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