癌と闘わない妻の友達

 妻の長年の友達がいる。その人が2,3年前に大腸がんを患った。妻の主治医のところへ妻と一緒に行ったのが発見のきっかけだった。主訴を聞いたその医師は検査をしてみましょうと勧めた。軽い気持ちで検査を受けたその人は結果を聞いて驚いたと思う。

 患者の言葉だけで癌を疑った妻の主治医も名医である。手術のできる病院宛てに早速紹介状を書いてくれたらしい。何故かその人は紹介状を書いてもらった病院には行かず、自分で病院を選定して精密に検査をしてもらった。癌は進行していて、リンパ節にも転移が見られるとのことだった。

 早速手術をしたが、手術後勧められた抗がん剤の投与や放射線の照射は拒んだ。これではまずいのではないかと妻もやるべきことをやるようにアドバイスしたのだが、その人は頑として受け入れない。

 治療をやる代わりにその人がやったのは食べ歩きであった。もともと裕福な家庭の出の人であったが、結婚後も家計に余裕があるのか、銀座やその他美味しいものを食べさせると評判のところへ週に2,3回も行く始末。

 旅行にも出かけた。最初に診た医師も心配するがこれだけは強制できない。そんなことをして1年が過ぎた。その人は毎日ほどグルメ雑誌を見ては次の計画を立てる。

 病魔はしかし再度その人に襲い掛かった。再発したのだ。手術を受けた病院で再度手術を受けることになったのだが、手術当日病院から脱走した。病院は唖然としたが、その人は構わずまた食べ歩きを初め毎日見た目には元気に過ごしている。

 そうこうしていたが癌の症状が現れることがない。最初に診断した妻の主治医も「私も癌に対して何の治療もせずに元気にしている人がいる。ひょっとしたらその人もそんな例外中の例外かも知れない」と周りが祈るようにその人を見ている。

 聞くところによると誰にでも癌は毎日ほどできているが、免疫機構が働いて殺しているらしい。その人の免疫機構も相当強力でそんなことが原因でひょっとしたらそのまま何事もなく過ごせるのではないかと私も淡い期待を持った。

 ところがやはりそうはいかなかった。その人が体の不調を訴え始めたのだ。便秘、排尿困難など。癌細胞が大きくなって腸や尿管が細くなっているのだろう。その話は妻から聞いた。

 もう相当癌が進行しているのだろう。その人は病院へまた掛かり始めた。しかし食べ歩きは止めない。九州や北陸にも旅行に出かける。しかし通院はするようになった。

 しばらくしてその人は一大決心をしたらしく、逃げ出した病院で手術を受けることにした。この辺のメンタリティが理解できないし、その病院も呆れたらしいが病院は患者の治療を拒むことができない。診断をして手術日が決まった。その前にもっと精密な検査をすると言う。

 その人の食べ歩きや旅行をむしろ羨ましがっていた妻もここに至っては気の毒に思い始めた。その人は入院する前に一度会いましょうと妻を誘う。まだグルメを食べたいらしい。女性に取って食べるのは病気治療より優先課題なのかは知らないけれど私ももう意見がない。

 今ごろは入院していると思われるがその前に一度会いましょうという約束は果たせなかったようだ。

 確かに何の治療もせずに癌が消滅した話は聞く。そんな人にあったことはないのでどこまでが事実かも分からないが、妻の友達はそんな例外ではなかったのだろう。

 その人は長い付き合いの間、何度か自宅にも遊びに来てくれたので、ある種の愛着がある。何とか治ってくれないかと祈るような気持だが、病状は予断を許さない。入院前に電話もなかったので、どうなったのかその後のことは分からないと妻も言う。

 とても痩せて見る影もないらしい。結核のように癌のもっと良い治療法が発見できないのか、元気な姿を妻ももう一度見たいと言っている。

酒巻 修平

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