妻の癌治療闘争

  癌が如何にして発生するか、はっきりした原因はまだ解明されていない。放置し治療が遅いと先ず命はない。大きくなるに従って癌から発する毒素が多くなり、周辺の機器や身体がやられてしまうので、早期に発見し治療しなければならない。

 しかし早期から中期に掛けては癌による体の変調に気が付かないので、検査をしていないとこの病気に体が侵されているとは気が付かない。それが怖いところだ。

 ところが種類によっては癌に犯されている証拠が見えるものがある。大腸がんや子宮癌は出血があるので、それがサインである。妻にはその出血があった。

 妻はもともと何事にも大らかな性格で、そんな出血が癌の兆候であっても目の前が真っ暗になるなんてことはない。軽い気持ちで病院に行った。検査の結果癌はないとのこと、一安心した。

 そんなことより10年ほど妻を悩ましたのが激しい片頭痛であった。発作が始まると痛み以外に吐き気はするし、発作が収まるまで起き上がれない。そこでT女子医大で診察してもらった。

 医師は「パナルジン」という薬を処方した。この薬は副作用が強くその所為で10人ほどの人が死亡したという劇薬である。しかしその薬のお陰か片頭痛は次第に弱まり、とうとう消滅してしまった。妻には快適な毎日がやってきた。

 それでも出血は続いていたので、その病院の婦人科で再度癌の検診をやってもらった。結果は異常なしとのことだったそうだが、妻はそこで「子宮体癌」の検査もしてもらったのかと聞いた。

 女性の医師は「それもやりますか」とのこと。妻がやって欲しいというと結果「これは体癌ですね」と医師は他人事(勿論他人事であるが・・・)のように軽く言う。「しかしあなたには脳の血管に病変があるので、手術は無理」と言われた。そこで私の登場となる。まず脳外科の医師に面談しその旨を告げるとその医師は検査結果を示す画像を見せてくれ「手術には全く支障がない状態です。3期Aの癌くらいで命は落としませんよ」と心強い言葉は言って下さった。

 だいたいこの病院は脳外科が優秀だと聞いていたので、妻はそこで治療してもらい完治したので、その医師の言葉を信頼していた。私が画像を見ると血管の別れ道にあった病変辺りはすでにバイパスができ病変部分は使われていない。人の体の不思議さ有難さを感じながら再度婦人科にその旨を告げたが、そこでは「他の科ではどう言われたか知れないがやはり手術はしません」とのこと。

 だいたいこの女性医師はやるべきことをやらずに癌を見逃したような怠慢な医師だし、こんな大きな病気に対しても横の情報交換もしない。嫌がる妻を促してT大付属表院に転院させた。

 この病院は一日4,000人も患者がくるような病院。なかなか新患を受け入れてくれない。ところが不思議なことに妻は相当昔にこの病院で診察を受けた経歴があるらしく、診察券を捨てずに持っていた。それで病院側は妻を患者としてすぐに受け入れてくれた。

 問診のとき妻は片頭痛のことや癌が発見された経緯などを話すと先ず脳のCTスキャンとMRI検査を受けさせた。結果は脳の病変は回復しているように見えるがやはり手術はしないとのこと。

 このとき私も同席したが、そんな説明を4,50分聞いた。この病院でも脳外科の医師は手術には支障がないとの判断を示していたのに婦人科の医師はそんな他科の情報は採用しないようだった。

 そこで私はそれではどのように治療するのかと聞いた。抗癌剤と放射線の治療をやるとの回答を得たが納得できない。治癒率はどのくらいあるのか。5年生存率はどうかとの問いに対して回答は60%とのこと。

 では脳の血管の病変で手術中に万一のことがあるのは何パーセントくらいかと追い掛けて聞いた。答えは1,2%だった。ここで私は非常に腹が立った。医師は症状を治しても病気は治すことができない。医療の目的は症状の改善であるし、医師は経験や持っている知識を頼りにするだけで、物事を考えない種類の職業人だくらいに考え余り尊敬の念を持っていなかった。

 そこで「あなたの話には整合性がない。たった1,2%のリスクで他の治療法による治癒率の低下を考慮に入れないのか。大体40分ほども話し、脳のすでに治癒された血管のことばかり言う。おかしいではないか」とクレームをした。

 この病院の前にも築地にある癌専門病院にも妻は行ったがやはり脳の血管の病変があるので、受け入れられないと言われていた。私はこの医師たちは自分および所属している病院のことを考え、患者よりそちらの対面、名誉を優先する馬鹿者揃いだと断定した。

 しかしそんなことを考えていても妻の癌は進行する。そこで私はT大付属病院宛てに「手術に関してどのような事態が発生しても一切クレームしません」という趣旨の念書を用意した。

 しかしこの念書は使用されることなく、妻は手術を受けることになった。執刀したのは一番ベテランで腕の良い医師。見事手術は成功した。面白いことにその手術の前医学部長から担当医が指示され、妻に「ご主人の職業は何ですか」との問い合わせがあった。もし私が医事評論家でもあったりしたら大変だと考えたのかも知れない。

 こうして退院した妻は普段の生活に戻った。しかしこれには後日談がある。退院から1年ほど経って今度は肩甲骨の辺りに癌が転移したというのだ。そんなところにも癌が発生するのかと訝ったが病院で言われたのだから仕方がない。

 最初に癌が見つかった日、テレビを見ていた妻は何が面白いのか、けらけらと笑った。癌を宣告されたのにテレビを見て大笑いする妻。私は妻がどんな精神を持っているのか唖然とした。しかしその妻も癌の転移には沈み切った。子供たちも心配して色んな療法を教えてくれたりするが、妻はやはりT大病院で治療を受けることにした。

 その癌はみるみるうちに大きくなっていった。そこで私はこれは癌ではないと判定した。その態度に妻は怒り、私の人格に不信感を募らせたが、私がそんな態度を取るには理由があった。

 癌は新陳代謝をするとき自己複製の過誤が原因であるのは分かっていた。妻は若くない。そんな人の新陳代謝がそんなに早く進む訳がないので、これは良性のおできだと信じていた。それを担当の医師に話した。

 医師は「いや細胞診では「5」という数値が出ている。このように急激に大きくなるケースもあるだろう」と私の意見に聞く耳を持たない。しかし「本手術の前に検査の手術をしよう」と小さい部位を切り取った。そして細胞診を再度やると今度は「1」。これでは完全に正常細胞だ。「5」であった細胞が短期間で「1」になる筈がないという私の言葉を医師は無視して検査をした部位がたまたま癌から外れていただけだと言い張り、本手術に踏み切った。

 結果どこの細胞を取っても「1」。その報告を受けた私は医師に対してこれは検体の取り違えだと宣告した。医師はそんなことは考えたくないが、それも考慮に入れて観察しますと今度は声も弱々しい。

 それからは何の連絡もないが、病院でその医師の顔を見ると相手は顔を背け、こちらを見ようとしない。私は間違いにたいして非難こそすれ、訴訟するという考えを持っていないので、この件は沙汰止みになったが、時々妻が通院すると「旦那様によろしく」と私の法的処理を怖れていた。

 医師も人であるので、間違いは犯す。それは避けて通れないが、やるべきことはきっちりやるという態度がない医師が多すぎる。

酒巻 修平

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