貫禄とは何か

  貫禄と気品や風格とは違うものです。世の中での地位が高くなり経済生活が豊かになると貫禄が出てきます。一方気品や風格はその人の高い考え方や身の処し方により醸し出されるものです。ですから貫禄は実物的、気品などは精神的とも言えると考えられます。

 精神的なものはなかなか備わりませんし、一度身に付くと消滅することはありません。貫禄は金がなくなり地位が下がると時を経ずして消滅します。政治家が落選するとただのおやじになるのはよく見かけます。

 あるお笑い芸人が政治家を辞め、バラエティの一員になると途端に風采の上がらない一介のタレントに転落するのを見ます。貫禄は移ろい易いものなのです。

 私の友達でも大会社の課長になって貫禄が出てきたなと見たことはありません。これは辛いものがあります。それに関して自分は感想を本人には漏らしませんでしたが、ああこの人も貫禄が出てきたなと寂しい気持ちになります。

 貫禄とは自分の地位や金に満足している状態とも言えます。即ち貫禄が出てくるとその人はもう自分自身に満足してしまい、それからの大きな発展は望めないのです。

 ある会社員が独立して会社の業績も上がってきたが、その程度に満足せず一生懸命働いているときです。元いた会社の同僚が大阪の支店長に昇進しました。噂に聞いただけだったのですが、ある日ばったりと町中で会いました。

 大阪支店長だから結構な出世をした訳ですが、独立した方の人は元同僚が本当に大阪支店長になったのを本人から聞きました。噂は本当だったし、貫禄も充分でした。

 独立した方の人の会社は規模こそまだそう大きくありませんが、収入は多分その支店長の何倍もあったに違いありません。支店長と言ってもサラリーマンだし、収入は限られています。

 役員になれば年収1億円とかある会社もあるでしょうが、元同僚は支店長。会社の社長の収入とは比べ物にならないのです。それでも貫禄があるのを見て元

同僚は「気の毒に」との感想を持ったそうです。

 結局その元同僚は支店長止まりになり、それ以上の地位の向上はありませんでした。会社の社長になった方の人は人の「振り見て我が振り直せ」と肝に銘じ貫禄が出ないように一所懸命働いたと言います。

 確かにそうでしょう。一所懸命働いていると貫禄など付きません。貫禄は余裕がないとできないものなので、一所懸命働いている人には無縁のものです。

 安倍首相が内閣総理大臣になったときは貫禄などありませんでした。テレビで見ただけなので、実物はそうでないかも知れませんが、一所懸命働いている姿からは貫禄が見えませんでした。

 それから日本の経済が発展を見せ、金融政策も成功しました。何度かの選挙でも大勝したころです。ふとテレビを見るとそこには貫禄が付いた安倍氏がいたのです。これはいけないなと素人ながら観察していましたが、それから2年ほど経って再度テレビで見たときは貫禄がなくなっていました。

 丁度中国が横暴なことを始めたころでした。安倍氏はアメリカやロシアを初め各国と対中国政策を推し進めている最中だったのです。今でも忙しく働いていらっしゃるようですが、貫禄はまだ見えません。

 人を見るのにそんな尺度だけでは推し量れないものがあるのは事実でしょうが、これも一つの方法には違いありません。謙虚に自分の仕事に邁進している人には貫禄が付く筈もありません。

 世界は激動の時代です。大会社も東芝のようにいつ危機がやってくるかも知れないのです。日々そんな変化に対応するため自分の持ち分を忘れず、明日を考えながら身を処すと貫禄など付く暇がありません。

 こんな狭いことを考える私は多分浅はかなのでしょう。しかしどうも自分の考えが間違っているように思えないのです。

酒巻 修平

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