武士階級存在の功罪

  武家の成立は武力闘争に勝利したことによる。闘争は勿論武力だけではなくある程度の知力も必要としたであろうが、基本は武力だ。

 そうして出来上がった階級が時の政府の意図により家系として長く継承されていった。武家は明治維新により消滅したが元勲と称する最高幹部だけは自分勝手に自身の身分の存続を許した。

 明治維新はフランス革命のような市民革命ではなく、徳川家と薩長などの連合軍との内戦であり、勝利した薩長が天皇を祭り上げた事変でしかない。

 ただその後は改革をなし、武家社会を消滅させ、選挙によって政治家を選出させるなど近代化に進んでいった。時の政治家も身分制度が存在することは良くないことと自覚していたのだ。もっともこの身分制度の矛盾は江戸時代末期から諸所に見られた。

 武家は一般庶民より一段高いところにある階級であり、一般庶民が持たない様々な特権が与えられていた。

 特権を持つ裏側には勿論義務が発生する。自分の雇い主である主君、即ち一般武士の場合は藩主、藩主は将軍の命令には絶対服従で藩主や将軍が身勝手に制定した法律類似の制度に従わなければならなかった。

 江戸時代に入ってからはもう内戦はなく、そのため戦死するということは少なかったが、それでも主君の命令で命を差し出すような馬鹿げた制度はなくならなかった。

 武士階級が順守しなければならない法律というか規則は極めて複雑で恣意的であった。主君が変わるとその法律も変化することも度々であった。

民主国家で身分制度など存在する筈がない。天皇や王は象徴的で宗教上の意味合いが強く、政治には関わることができないことが多いことが法律上の解釈である。このような解釈を取り消滅させることができない天皇や王の存在を法律的に許している。

 それでは武士階級の存在はまったくの無意味であったかというとそうではない。

武士が守らなければならない法度という名の法律は現在考えられている法律とは意義が相当違う。

 人間社会は規範がなくては成立しない。自分勝手に行動すると社会秩序もなくなってしまうし、そうなると社会そのものが消滅する。現在のテロリストの集団がそうであろう。

 規範にはいくつかのレベルがあるが、現在施行されている法律は社会を律する上では最低限の規範で、これに違反すると何らかの処罰が課せられる。

 法律よりレベルの高いのが道徳で、その上にはさらに宗教上の戒律がある。考えただけでも罪とされる戒律は一般人には受け入れられないが、道徳は納得がいく規範である。

 武士が守らなければならない法度はこの道徳と戒律を混ぜ合わせたようなものだったと思われる。友達が恋している女性を横恋慕することは現在では許されても武士がそんなことをするのは禁止された。

 明文化はされていないが、実質は社会的に罰せられることになるそのような規範は武士には多い。それが故に武家社会は高潔で秩序立っていた。

 武士が存在していた社会は武士が中心にあり、一般人はその中心の思想や法度に影響を受け、現在の社会より高い規範のもとで動いていた。そこでは権利より義務が優先的に行われていたのだ。

 それが明治になり武士が存在しなくなると社会が奉じる規範は徐々に低くなっていく。第二次世界大戦での敗戦で公家階級もなくなり、政治家も特権階級ではなくなった。そして人が守らなければならないのは法律という最も低い規範だけになった。

 選挙制度により政治家も一般人の考えに迎合しなくてはならなくなり、本来はもっと高い規範を要求されてしかるべきだが、民主主義の名の下で実質的な規範も下降の一途を辿っている。

 周りを見回してみよう。電車内で老人に席を譲る人は消滅寸前で、飲食店でも従業員が客に道を譲るなどということはなくなった。声高に権利を要求して義務を忘れている。賃金や休暇を大きく要求し、義務の励行は二の次になった。

 身分制度はあってはならないものだが、一段高い規範を守る人がいなくなった社会は民主的ではあるが殺獏としたものになった。この矛盾はどうすれば解消するのであろうか。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次の記事

想定外の不思議