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現代社会は慣れるよりも排除

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今日の言葉

イソップ寓話より引用

204)金持と皮鞣し屋
金持が皮し屋の近くに住むことになったが、悪臭が耐えられないので、引っ越しをしろと責付いた。こちらは、もう少ししたら引っ越すと言いつつ、引き延ばしていた。こんなことが繰り返されているうちに時が経って、金持も悪臭に慣れてしまい、もう皮し屋にうるさく言わなくなった。 品々しいことでも慣れが和らげる、ということをこの話は説き明かしている。

【引用元 岩波文庫 イソップ寓話集 著 イソップ 翻訳 中務哲朗】

現代社会は慣れるよりも排除

近年、地域社会において近隣クレームが増加傾向にあります。

私の近所には昔からある公園があります。当時その公園は原っぱの中にあり、公園周囲に高いネットが張られていて、子供たちのボール遊びに最適な場所でした。

しかし、公園周辺に住宅が建ち始めると、近隣迷惑を理由にボール遊びが禁止されるようになりました。

公園近くに家を建てたり購入したりする際、子供たちの遊ぶ声で日中賑やかになることは容易に想像できそうですが、新しい住民たちはそのような状況を予測していなかったようです。

同様の事例は他にもあります。古くから営まれていた酪農や養鶏の事業が、新たに建った住宅からの苦情により、匂いや鳴き声を理由に廃業に追い込まれたというケースもあります。

寓話に「悪臭も慣れてしまえば問題ない」とありますが、現代社会では「慣れる」よりも「クレームによる排除」が優先される傾向にあります。

大人の都合で遊び場が制限された結果、子供たちは自由な遊び場を失い、やむを得ずテレビゲームなどの室内遊びに傾倒していったのではないでしょうか。

イソップ寓話集 の「金持と皮鞣し屋 」を読んで、そんなことを感じました。

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