自由選挙法の恐ろしさ

 イギリスがEUから離脱することに関して、国内が大きな混乱に陥っている。一度は離脱すると国民投票で決定したのに、その手続きの過程で離脱賛成から反対に態度や考えを変えた人が多いのだろう。

 自国の政策がEU全体の考えややり方に制御されるのを拒否したことが離脱の原因になったのだ。しかしもしそうならどうしてまた考えが変わるのだろうか。

 イギリスでも国民は経済や国際政治のことに関しては無知同然であろう。一時の感情で離脱の決定をしたのだ。だがこの感情も物事を決定するのに大きな原因になるのはイギリスだけではないだろう。

 移民が大勢押し寄せて国内を混乱させているとして、移民を受け入れるのを反対している国がEUでは増えた。移民を受け入れるのは道徳的に好ましいことに違いないが、それには自国民の大きな犠牲の元に成り立つ。

 国民の平均能力(性格的なことも含む)が国民生活の重要な要素になるのは当たり前で、極端な話し、国民の全てが移民によって構成されれば、その国は移民がやってきた国と同程度のレベルになる。

 移民は一般的な尺度で測ると元の国の平均以下の暮らしをしていた人である。元の国でも裕福な人もいたであろうが、その人たちは移民として見知らぬ他国へ移住はしない。

 EUは揺れ動いている。ドイツ銀行は大きな損失を出し、普通であれば倒産している状態であるし、フランスでも暴動が治まらない。

 EU圏内は関税が0である。ということは強い国がますます強くなり、弱い国の経済が疲弊する。こんなことは分かっていたが、それが現実になり、ギリシャ、イタリア、スペインなどは慢性的な財政難に陥っている。

 これらの国がいつの日か財政の健全化を成し遂げるとは到底思えないし、そうであれば国が破綻するか、他国が助ける以外に存続することは不可能だと思える。

 イギリスは強い国かそれともギリシャやその他のような弱い国かどうかは知らないが、もし強い国なら弱い国のビジネスを簒奪するだろうし、その逆もあり得る。

 もちろんEUの首脳はそんなことを織り込んでEUを運営しているだろうが、イギリスの一般国民はそんな計算をしていたのだろうか。

 もちろんできる訳はない。誰かの意見にストレートに従ったか、感情だけで国民投票に参加したと考えると間違いがないだろう。

 国民は無知なのだ。それなのにどうして国民投票をして、国の大事な政策を遂行するのだろうか。国民投票とは完全な自由選挙である。もしこの制度が国のために有効で大きく役立つものならそれで良い。しかしそうでないことを今回の事案は示してしまった。

 一般の選挙もそうである。被選挙人の能力や性格を選挙する人は知っているのだろうか。あるいは選挙するに値する人が被選挙人にいるのだろうか。

 もし間違って不適正な人を選挙で選んでしまったら、国は大きな損害を被る。」自由選挙はそんな危険を孕んだ制度なのだ。

 これからの国家運営は大きな困難を伴うだろう。それを適切にやっていける人がいるのだろうか。あるいは選挙された人がその能力を持っているのだろうか。

 考えれば空恐ろしい。翻って考えると私自身、選挙に行くのには躊躇がある。何故なら候補者のことをほとんど知らないだ。だから私には選挙をする権利はないように思える。

 安倍さんはもう総理大臣の職を辞すると言っている。多分もうこの国をリードする能力が自分にはないと考えたからだろう。では誰が後継者になるのか。

 我々国民はそれを知っているだろうか。多分知らないだろう。自由選挙制度以外の適切な方法は今はない。しかしそれにも大きな欠点があるのはイギリスの例で見た通りだ。

 これを少なくても是正する必要があるように思える。有名というだけで能力があるかどうか分からない人が選ばれて、国のかじ取りをする危険をなんとか避ける方法はないのか。我々もまずそれを考えなければならない。

酒巻 修平

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