国とは何だ

 東京都は東京人が住む場所である。例えある東京人が他県出身者であろうとも東京に住むようになると東京人である。

 他県からやって来た人は自分の出身地の風習などを持ち込むが、その人が持つ風習もやがて東京のものに同化する。同様に大阪の風習は大阪独自のものだし、もう少し規模の小さい会社という組織にもその会社が持つ風習がある。

 これは他県からやってくる人の数が元々住んでいる数とは比べ物にないほど少ないし、一人一人の影響力が小さいからだ。

 異論もあるが、奈良、飛鳥、天平などの時代には韓国から優秀な人が多く渡来したと言われる。これらの人たちは高度な文化や政治形態を伝えただろうが、もし渡来した人の数が比較的少ないものであったなら、その影響は限定的であったろう。

 政治というのは少数の政治家が国をの統治機構を決定して運営されるシステムだが、底辺から文化を変えることは不可能だ。当時万葉集など文化の集大成の歌書が発行されたが、これらに関心を持つ者は少数派だったに違いない。

 一般の人たちはその日の食料の確保に狂奔しただろうし、そんな中から一般人が自然に作った文化が存在したと考えるのは不自然ではない。

 アメリカはアフリカ大陸から多数の奴隷を連れてきた。その数は前からいた人たちと比較しても、無視できない数であった。黒人の文化、風習が無視できない比率になってきた。

 中国という国はどうだろうか。一般の中国人と話しをすると共産党員以外は全て政治家を侮蔑している。今まであった高度で、高邁な文化が消滅し、共産党がその文化を破壊しようと画策している。

 しかし国とはいかなるものかを考えた時、共産党の独裁政治はいずれ何かの形で破綻することが予想される。時期は分からないが、その足音が聞こえてくるようだ。

 ユーロは大きな国だろうか。まったくそうではないだろう。これは国家連邦であって、それぞれの国が独立した社会を営んでいる。もし全ての国が国であることを放棄すれば、各国が持つ文化が融合されて、大昔のヘレニズム文化圏のような疑似国が生まれるに相違ない。

 人は善と悪との両面を自分自身の中に持っているが、大半の人たちには善の部分が多いと観察できる。その善の部分を生かし、社会を整えれば住みやすい良い国ができるだろうが、力の強い人物たちは自分自身の中にある悪の部分を利用して善である人たちを利用して権力や金を他に入れる。ここに官僚制度と政治に問題がある。彼らの思想は高邁ではなく、自己中心的である。

 ユーロ圏が成り立った理由が善の部分を使ってのものであったなら、互いに助け合い、勢力を増すだろう。しかしイギリスで見るようにそうでないと考え、反対する人もまた多い。ドイツが主として経済的な利益を得たこの集団組織はいずれ危機を迎えそうな気もする。

 ある国の国力は人口x平均的な能力で表される。移民を多く受け入れると移民の部分がその国力に大きな変化をもたらす。その悪い影響を考慮しているのが日本である。

 単一民族はお互いに分かり合え、共同して生活しているから犯罪も少ないし、国内だけを見れば平和そのものだ。そこに移民が押し寄せる事態を想像するとどういう事態が出来するか誰にでも分かるだろう。

 世界は一つである。160ヶ国以上の国が存在しているが、影響力が少ない国も多い。原因はその国の持つ金であることは明らかだ。中国の共産党は不誠実ではあるが金が今のところある。だから世界の一郭を制御しているのだ。

日本も同様であろう。その中にあって最大の勢力を誇っているのがアメリカだ。アメリカは金に物を言わせ、高度の兵器を保持し、金力と武力で世界をコントロールしている。

 しかしアメリカ文化はまだ限定的である。各国には個別の文化があり、それを金で操るのは無理がある。

明治維新の最大の功績は小さな国を統合し、一つの国にしたことだ。江戸時代にも小さな地域同士の文化が混交していたので、それらの小さな国が大きな一つの国になった時にもそんなに抵抗がなかったのは文化に共通の点が多かったからだろう。

 宗教もほぼ仏教で、そんな中キリスト教も信仰の自由が保障されたが、やはり少数派であり、社会に溶け込んでいった。しかし現在日本人は宗教を持っていないと言っても過言ではない。それに代わるのが道徳である。その道徳が高度であれば日本は平和を保つことができる。

基本的に日本には『和』の精神があり、そのお陰で日本は平和だ。他国にはその『和』の精神はない。絶えず歪み合い、戦争をする。移民が大勢日本にやってきた時、彼らは『和』の精神を受け入れるであろうか。

酒巻 修平

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