92歳のオペラ歌手

 ANGELO という92歳のオペラ歌手がいる。ネットでたまたま見つけたのだが、この歌手が「Nessun Dorma」やその他難曲を歌っているのを聞いた。

 それは何とも素晴らしい声で、私にはパバロッティの技量と変わらないように聞こえた。92歳という年を考えれば奇跡としか言いようがない。

 90歳の時には日本に来て演奏会も開いていて、共演者の声が貧弱に感じたほどだ。しかし歩く姿はいかにも90歳を越えている様子に見えて、その姿と声の違いにまた驚かされる。

 私も声楽を勉強していてもうかなりの歳だが、この人の声を聞いていると多くのことを感じさせるものがあった。

 如何に老齢だからと言って、それを理由に声が衰えたなどと言い訳をすることは勇気がないことだ。如何に老齢でも訓練をするとそんな素晴らしい声が出せるのだ。

 声の元は声帯であることには間違いがない。声帯は膜なので、普通の筋肉とは違う働きをするのは耳の中の鼓膜と同様である。

 仮死状態や手術の時、医師の話す声が聞こえたということを耳にすることがあるが、膜は人体の中で他の筋肉が動かなくても性能を発揮するのだと確認させる現象だ。

 イギリスで発行され、日本語に翻訳された科学の本を読んでいると、人の体の一番外側は皮膚ではないと書いてあった。その外側には所謂オーラのようなものが覆っているらしい。

 私は人の体の不思議にとても興味があるが、これで合点がいくことが多い。何となく話している相手の考えていることが分かる。ある人が店に行くと不思議にその店には人が集まる。などなど、普通の科学では説明できないことが多々ある。

 病気になると人を覆っているオーラの形が歪むとその本にはあり、そんなオーラを調べると病気になっているかどうか、早期発見に繋がる。そんな手法はイギリス初め各国では特許が取得できているとも書いてあった。

 人の体は電磁的に機能しているのは知っているし、脳はその中でも大きな役割を果たすのは理論的に理解できる。

 人には本人さえ分かっていない隠れた才能や機能がまだまだ存在するのだ。どんなに年を取っても有意義に過ごすのを諦めてはならない。今まで知らなかった自分を発見して驚くことがある可能性は捨てきれない。

 上記歌手の声は若いころより素晴らしい。私も声楽を勉強しているから有名な歌手の名くらいは知っている。でもこの歌手の名は知らなかった。

 歌を歌うのは芸術の前にスポーツである。歌ではクリアに大きな声で遠くまで届かすことができなくては芸術を創造前にやらなければならないことだ。

 ピアノやバイオリンもそうだ。高度に運動神経を使うことが芸術の前に求められる。そう考えると上記歌手はまだ現役のスポーツ選手なのである。

 定年を迎えた人、病気から快復した人、あるいは病気に罹患した人。そんな人も自分の隠れた才能を探す旅に出てはどうだろうか。病気を治す力は本来人の体にはあるし、それを充分に使えば病気を治すことができるかもしれない。

 ここには医師が介在する余地はない。医師に症状の軽減を依頼しながら、自己の能力を発揮して病気を治してしまおう。

 折角定年で時間が沢山できたのだから、何か新しいことに挑戦しよう。病気から解放された人は後遺症を吹っ飛ばしてしまおう。

 人は宇宙の一部である。そんな隠れた才能や機能は案外宇宙に求められるかも知れない。あるいは自然と向き合い、瞑想するのも良い。無我の境地で頭を完全に使わなくすることだってどんな効果があるか、試してみる価値はありそうだ。

 そんな人の隠れた才能や能力をこの歌手は教えてくれた。気持ちを新たに私も訓練、研究をして有意義な毎日を過ごしたい。

酒巻 修平

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