アメリカ料理

 今世界3大料理と言えば多分フランス料理、中華料理、日本料理になるだろうが、3大料理が決まったのはまだ日本が国際舞台に登場しない前のことである。だから日本料理ではなく、トルコ料理が3大料理の一つである。トルコ料理も美味しいが日本料理とは比べられないだろう。日本料理は味だけではなく、種類も極めて多い。

 人は3大とか順位を付けるのが好きだ。3大料理以外にも沢山美味しい料理はある。イタリア料理、スペイン料理、それに韓国料理、北欧料理、メキシコ料理、などなど私が食べたものでも美味しい料理は数多くある。

 料理とは何か。原始時代人は狩猟により食料を得ていた。どうも草食性の動物や魚は美味しいらしく人気があったようだ。牛が洞窟の壁画に現れるが、これは食料として珍重されたからではなかろうか。

 しかし牛や魚を焼いただけでは料理と言えそうにない。それは食料で食事のイメージとは遠い。料理の起源がどういうところにあるのだろうか。

 食料確保に大きな精力を使ったころは料理と名が付くような調理法はなかっただろう。食料確保に多大な精力を使わなくなったあるいは使わなくても良かった人がもっと美味しい食べ方を研究して料理が始まったと考えられないだろうか。

 食料確保に力を使わない人とは王侯貴族であろう。彼らはある一定地域を支配し、収入はほぼ自動的にもたらされたと考えて良い。彼らには考える時間と余裕があり、その人たちの舌を満足させるために下僕が色々と考えたのだ。

 フランスの宮廷が革命により消滅したあと、宮廷の料理人が街中で料理店を初めてそれがフレンチレストランの起源になったとはよく聞く。しかしフランス料理はもとイタリア料理だったらしい。

 人が食料の確保に最大限の努力をしなくても良くなったのはいつであろうか。考えればそれは文化が発祥したころだと考えられる。文化は文字が発明されたころよりずっと前からある筈だから、料理の起源をそのころに求めるともう5,6000年の歴史があるだろう。

 勿論そんな美味しい料理を食べる欲求を満たすことができるのは王侯貴族だけだったろう。彼らは人民を虐げはしたが、反面文化を残した。料理はその文化の最大と特徴に一つだろう。

 そこで考える。アメリカ料理というのはあるだろうか。私はアメリカに何十回と行ったが、アメリカ料理なるものを見たことがない。コンピューターサイトにはアメリカ料理の数々が紹介されているが、この紹介者はどこでそれを見つけたのだろうか。

 ニューヨークの有名レストランでも客が食べているのはほとんどがステーキ。これはアメリカ料理ではない。フランス料理かイタリア料理かまた違う国のもののアレンジだろう。どちらにしてもアメリカ人が考え出した料理ではない。

 アメリカは独立前イギリス領だった。そうするとアメリカの料理はイギリス発祥とも考えられるがこのイギリス料理がまた美味しくない。これは誰もが言うことで私の意見ではない。

 そう言えばイギリスには貴族制度がまだ存在している。それなのにどうしてイギリス料理は不味いのか。一つの大きな疑問だ。お隣のフランスでは美味しい料理が沢山あるのにどうして、イギリスにはないのか。

 ドイツ料理も褒めたものではない。ソーセージやザワークラウトくらいが有名だが、フランスやイタリアに比べればたいしたことはない。

 ドイツやイギリスの王侯貴族はそんな手の込んだ食事を要求しなかったのか。それともその人たちは良く動き体が優れて健康だったのか、理由は謎だ。

 一つのヒントは味蕾の数だ。アジア人は味蕾が多いらしい。日本人とアメリカ人の味蕾の数を数えたもの好きな学者がいたが、結果日本人の味蕾の数はアメリカ人より5倍も多かったと研究結果を発表している。

 味蕾の数が少なければ味の微妙な違いは分からない。アングロサクソン人は全て味蕾の数が少なかったのか、ではどうしてイタリア人やフランス人は美味しい料理を考えるのか。

 フランス人やイタリア人はアングロサクソンではなく、ラテン系と呼ぶのか共通した呼び名がないのだろうか。どちらにしてもどうもアングロサクソンの料理はフランスやイタリアの料理より落ちるようだ。

 ただステーキはイギリスが創作した料理だとか。道理で素材そのままが料理となってように思える。

 料理が作られるには長い文化の歴史が必要だ。その点日本は幸いである。天皇家が長年に亘って美味しい料理を食べていて、それが庶民に伝わったとすればそれは天皇家の新たな人民に対する貢献ではないだろうか。

酒巻 修平

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