人生で成功したら

 学校を卒業するとだいたいの人は仕事に就く。医師、弁護士、会社員、事業家、左官屋、など何でも良い。とにかく収入の道を確保しなくてはならない。

 親から受け継いだ財産が多額にある場合は働かない人がいるだろうが、私の回りにはそんな人はいない。友達は全員働いた。

 私自身も働かなくては食べていけない境遇にあったから、一番簡単な会社員として社会生活をスタートした。

 会社員は大変だ。無理解な上司、要領を得ない部下に囲まれて働かなくてはならない。理解がある上司もいるがそんな人の元で働くのはもっと大変だ。

 自分のやっている仕事が適切であるか。何か失敗はないか、その有能な上司の顔色を見ながらなんとか失敗のないように仕事をこなす。

 だから会社員として定年まで働くにはそれなりの挫折感を度々味わうし、気持ちの休まる時がない。

 だが収入だけは確保できる。上司に逆らうとかよっぽどの失敗をしない限り、今までの日本では馘首はされなかった。

 そんな人が定年で退職するとどのような精神状態になるか、私には分からないが、今までいた会社は遠い存在になり、寂しい気持が襲ってくると思われる。

 でもそんな期間が少しあってもすぐに精神は立ち直り、老後(というには早すぎるが)の暮らしを考え始める。

 余裕のある人は年金や貯蓄で悠々と暮らしていくだろうし、そうでない人は何とか仕事を探して生活費の足しになるくらいは稼ぐらしい。

 やる気があると病気でもしない限り、何とか生活は維持できるようだ。後は精神の問題である。

 私は何人もの弁護士さんと付き合いがある。その中のある弁護士さんがある日私に言った。「私はいつ死んでももう良い。回りの人は強がりだと言うが本当にそう思っている」

 その人は東京大学を優秀な成績で卒業され、銀行に幹部候補生として入行したが、転勤を命じられ家庭の事情で命令を実行することができなかった。

 そこで止むを得ず弁護士にでもなろうかと考え、年ほど勉強をして司法試験に受かり、弁護士としてスタートした。

 その後は自分の事務所を開設して今は弁護士を何人も雇っている。いわゆる人生の成功者だ。

 大地主の子供として優秀な頭脳を持って生まれたので、何の苦労もなく人生を渡ってきたのだ。

 もう目標はない。もっと金儲けをしたいとか、有名になりたいとかの目標もない。あまり苦労をしなくても今も生活に余りある収入があると思われる。

 大相撲の白鵬もそうだろう。新弟子時代は少し辛かったかも知れないがそれは精神が破壊されるほどのものではなかっただろう。

 だが白鵬には野心があるし、まだ若い。朝青龍のように事業家になり、有名であるが故に母国でさらに成功もするだろう。

 私の知り合いにも他にそんな成功者がいる。上記弁護士同様子供時代から何の苦労もなく、事業を立ち上げてからは会社を業界のトップ企業に成長させた。

 その彼が時代の波には勝てず、会社を売却した。もうやることがない。生活に困らないほどの金は残したが生きる目的がない。

 話しをすると虚無感に襲われているという。例の弁護士と同じだ。弁護士はまだ仕事をしているから虚無感はないだろうが、目的もなく生きている。

 どうも人生とはままならないものだ。生活費はかつかつで生きて行くのが大変な人もいるだろう。

 だが上記の人たちのように失敗がなくて経済的には何の苦労もない人はある程度の年になると生きる目的を失う。

 

 それでは挫折をすれば良いのかと言えばそれもご免だ。できるだけ経済的な余裕があって苦労のない生活を送りたい。

 それが成功すると今度は精神に虚無感が生じる。それを救うのが宗教だろうか。それとも趣味だろうか。

 そんなに経済に余裕のない私には理解できない心境の人が世の中にはいるようだ。

酒巻 修平

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