老化を止めるには

 細胞が死なないで(自然に死ぬことをアポトーシスという)存続し過ぎるのが癌だ。免疫系統はそんなアポトーシスしない細胞を見つけては殺しているが、中には殺しきれないものも残される。そうしてそんな細胞はまた自己複製してアポトーシスしない細胞が増え続ける。これが癌の増殖である。

 どこかの物語に笛を吹くと鼠が海に飛び込むというものがあったが、鼠も増えすぎるとアポトーシスするらしい。動物の細胞はアポトーシスするようにできているし、動物全体も自然にアポトーシスする。これが死だ。

 細胞の死、アポトーシスは健全な作用であるし、体全体がアポトーシスするのもまた健全な証拠だ。病気で死ぬのはアポトーシスではないが、病気がなくても人はアポトーシスする。

 人以外の脳がそれほど発達していないから、このアポトーシス現象、すなわち死を意識しない。人は動物の中でも例外的な存在で、死を意識するから恐怖がある。何故死を怖れるか考えてみると、どうもそれは記憶の喪失に行きつく。

 もし記憶が何かの形(例えば子供に記憶が移転され元の人もその記憶を共有するとか)で残っていれば死は決して恐怖を催すものではないだろう。

 切腹する武士は過去の記憶を捨てることを厭わなかったのだろう。というかそのように訓練付けされていたので、自分で死ぬことを厭わないケースが多かった。

 生物は自己複製する系と定義することができる。言い換えれば自己複製するために生きているのだ。そこにはそれ以外の生の目的はないが、幸か不幸か人は脳が異常に発達してので、脳自体を働かせることにも生の目的を見出した。

 だから死が恐怖であるし、いつまでも生を満喫したい。だが人の体もアポトーシスするようにプログラムされているので、いずれ死がやってくる。だが少しでも長く生を楽しみたい欲望は強い。

 老化の行きつく先が死だとすると老化とは何かを考えることは意義のあることだ。老化とは何であろうか。細胞は新陳代謝される。すなわちアポトーシスした細胞に代わって新しい細胞が複製される。とても巧妙にそのような機構がプログラムされていても間違いは起こる。

 たまたま細胞内にあってはならない物質が含まれていることもあるだろうし、プログラムの正確な実行を阻止する要因はいつもどこかにあるのだ。だが成長期の子供にはよっぽどのことがない限り、そんなプログラムの誤実行は帳消しされる。細胞の数が増えている段階ではプログラムの多少の誤実行は無視される。

 だから人は成長している限り大病でなければ死は訪れない。但し体全体がまだ出来上がっていない段階の人では全体の機構が未整備で体全体が誤作動を起こすこともまた多い。乳幼児の死はそのようにして起こる。

 さて新陳代謝作用の誤作動により使われない細胞がだんだん多くなる。アポトーシスしない細胞が多くなると癌になり、放置すると死に至る。だからそんなことにならないようにアポトーシスしない細胞(癌細胞)を除去することにより癌細胞の複製を防いでいるのが癌治療だ。

 放射線を照射し、あるいは抗癌剤を取ることにより癌細胞を消滅することもあるが、そうすることで正常細胞も失うことになる。これは正常細胞の数の減少をもたらすので、老化が早くなるのではないかと推測しているが、どうであろうか。

 新陳代謝の作用プログラムは脳に保存されているだろう。だから脳がいつも活性化していると新陳代謝はより活発になる。それは長寿に繋がる。もちろん老化は止められないが、新陳代謝のスピードを速くすることで老化を遅らせることは可能だ。

 それには脳のケアを良くしてやるに越したことはない。笑う、新しいことを考える、新しい経験をする、適宜な運動をする、勉強や学習をする、深呼吸をする。そのようなことで脳がより一層栄養を必要とする状態を作り出すことが最も効果的だ。

 栄養は血液で与えられる。上記のような脳の作用はより多くの血液を必要とするので脳は絶えず活性化する。脳を使うことは人に取って楽しいことだ。だから何とか脳を使いたい。

 だが不必要なことに脳を使ってはならない。ストレス、怒り、嫉妬、強欲そのたキリスト教で言う七つの大罪を犯してはならない。そんなことをすると解決できないことに血液が使われ、楽しい脳の使い方をするための血液が足りなくなる。

 宗教は精神だけではなく体の健康法でもある。早起きをして人の過ちを許し、過度の食事をしない。読経などを通じて肺呼吸を深く整える。だからイスラム教を信じていてもテロリストは長生きできない。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です