イタリアでの喧嘩

 よくイタリアへ商品を仕入に行っていた時の話しである。私には定宿があり、1週間くらいは同じ宿に留まる。小さいホテルだったが、どういうわけか落ち着いて居心持がとても良かった。

 ある時仕入先と打合せの日時に関する連絡事項があったが、相手は即答できない。それで決まり次第ホテルにメッセージを残すと言ってくれた。

 それで私は仕事から夕方帰るとホテルのフロントに立ち寄りメッセージの有無を確認した。約束の相手はホテルにメッセージを残したと言っていたから間違いなくホテルにはメッセージがあるはずだ。

 ところがそんなメッセージは受け取っていないと言う。またイタリア人のいい加減さが始まったと思った私は「『メッセージを残した』」と相手が言っているので来ていなければおかしい。ちゃんと探してくれ」とある程度きつく迫った。

 ところが頑固なのかどうかホテルマンは探しもせず、「来ていないものは来ていないのだ」と譲らない。そんな態度に私は少し語気を荒げ、「探せ」と強いるが、相手は「そんなことはしない」と頑固に言い返してきた。ここまでは英語で言い合いをやっていた。

 ここからは喧嘩である。日本人と違って欧米人は理不尽と思っていることにはあくまで自分の考えを曲げず、客を怒らせないなどということには努力しない。だから喧嘩になってしまうのだ。

 それから5分、相手はイタリア語で、こちらは日本語で激しく口論した。だが5分ほど経った時、どちらからともなく急に口論を中止し、互いに背を向け合って私は部屋へそのホテルマンはフロントに戻った。

 あくる日、朝食を終えた私はまたそのフロントマンと顔を合わせた。私も言い過ぎたと思ったし、約束の日時を連絡してきた人物もイタリア人である。本当にメッセージが残っているかどうは不確かに思えた。

 そこで私は「昨日は言い過ぎた。済まなかった」と謝ると件のフロントマンはとても大袈裟に涙さえ浮かべるように「いや、悪いのは俺だ。あんな子供じみた対応をお客さんにした俺は大バカ者だ。許して欲しいのはこちらだ」と床に頭を付けるほど謝る。

 私はあっけに取られる思いだったが、誰かが言った言葉を思い出した「イタリア人同士の喧嘩は面白いぞ」。それを自分自身が演じるとは予想外だったが、本当に面白かった。つい笑うと向こうも笑い、握手してお互いを称え合った。

 それからその男とは仲良くなり、外出すると果物などを買って帰るようになった。それで家に夕食に来ないかとも誘われた。

 ところでそのホテルには中国人、韓国人も宿泊している。宿泊料には朝食代も含まれているが、ヨーロッパの朝食は粗末だ。パン、バター、コーヒー、あとサラダか何かが付いているだけ。

 中国人や韓国人はサービスをする係に冷淡だが、日本人の私は案外そうでもない。朝食が終わると「ありがとう」くらいは言う。ヨーロッパにはアメリカほどチップという制度が発達しておらず、チップを置くという習慣が定着しているわけではない。

 私も毎日の朝食にチップは置かなかったが、サービスマンが案外仕事を丁寧にやっていたので、宿泊の最後の日、1週間分のチップを残した。アメリカとの取引が長いので、アメリカの風習が私に付いていたのかも知れない。

 それで出立の用意をしてフロントの方に行くと例のフロントマンが「もう帰るのか、これでこのホテルも寂しくなるな」とまた大袈裟なことを言う。で裏の方から話し声が聞こえてきた。

 イタリア語には堪能でないが、1週間もいると少しのイタリア誤くらい理解できるようになる。話声はコック、サービスマン、雑用係がしていた会話であった。

 誰かが「結構な金額のチップを置いていった客がいるぞ」と話すと、聞いていた人が「誰だ、それは」、「分からないがJaponeseだと思う、いやJaponese だ」というと、もう一人の男が「そうだよな、ChineseやCoreanoがそんなことをする筈ないからな。

 いくらチップの制度が発達していないとしても、彼らは嬉しかったのだ。金額の多寡ではなく、気持ちの上で。そういうことで私とフロントマンの喧嘩が日伊の小さな架け橋になった。その時もChineseやCoreanoはイタリアでも好かれていなかった。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

教科書とメディア