中国、南通に行った

 私が行ったころは中国はまだ経済も発展していず、全くの後進国だった。友人に中国通の人がいて、湖北省の西部にある原始林に覆われた神農架という地域には野人という人科だがホモサピエンスではない人も生息していると言われていた。

 また馬ほどもある犬がいるし、他の国では絶滅したような動物もまだ生存しているなどと聞き、とても興味を持った。私は商品を探すために行ったのだが、当時から共産党員の協力がなければどんな商売も困難であるのは今と同様だった。

 我々は人でが指すところは南通という上海の隣の町だ。当時は経済など未発達この上なかった。元々中国を紹介した中国通の友人に紹介された案内人とは連絡が取れていて、南通に着くとその人たちが我々を迎えに出て来てくれていた。

 車に乗せられホテルまで送ってくれる手配になっていたのだが、我々を待ち受けていた車は日本ではもう乗っている人もいないようなおんぼろ。暑い時期だったが車には冷房はなかった。

 車で,3時間走ったと記憶している。道はとても広く、流石共産圏の国だなと感心した。日本であんなに広い道を作るには沿道沿いの住民の多くを立ち退かせる必要があり、長い年月を要する。多分中国ではそんなことは簡単だったのだろうと考えるほど、道はどこも広かった。

 だが走っているのは主に自転車。車も走っているが、これが交通ルールなど無視して走行する。車に乗っている人物は共産党員か富豪だけだったと聞いた。

 だが道々恐ろしい光景を目にした。道路に車にはねられて死亡した人が横たわっているのだ。見たのは3人だったが、それから察するとそこら中に死体が放置されていると思われる。

 ここの国では人らしい動物と共産党員や金持ちの本当の人が混在しているらしい。当時普通の人の給料は一か月4000円くらいであったから、我々は大金もちだ。だからここでは本当の人なのだ。

 案内した人たちも我々の金を使うから我々といる限り本当の人だった。かなり強引な要望をするし、相手の言い分などあまり聞かない。我々もそういう雰囲気に飲まれそうだった。

 我々は商品を仕入に来たので、何か新製品を探したいとは思うが、工業も発達していない中国では工業製品など探せるものではない。仕方がないので、伝統工芸品とか発掘された文化財などないのかと問うとそれならいくらでもあるという答え。

 そんなものは持ち出すことは難しいだろうと当たり前な疑問をぶつけても笑っているだけだ。多分共産党員に頼めば輸出は簡単に許可されるのだと思った。

 それでそんなものを沢山持っている人の家に行った。路地の奥にその家はあったが、中は相当広い。で、案内されたところは大きな展示場のような部屋で、そこには確かに出土品らしいものが山積みされていた。

 インドから渡ってきた仏像や、唐三彩、もっと古い土器、有名な画家の掛け軸。象牙細工、何でもある。だが悲しいかな、我々は素人、そんなものの真贋は分からない。私は試しに土器を一つ買った。結構な値段を取られたが、それが本物かどうか今も分からない。生け花を習っている人に上げてしまった。

 結局旅費交通費や案内料を払ったわりには収穫は0.でも使用した金額はしれている。この際だから最後にパーティでも催そうと案内人に頼んだ。胡弓や中国伝来の音楽を奏でる楽団を呼び、接待役の美人女性3人、酒は飲み放題、料理は最高級のものを用意して欲しいと頼んだ。一人1万円以上は払わないと無理難題をぶつけて反応を見た。

 案内人は少し考えていたが、思案が固まったのか、「分かりました。何とかしましょう」とのこと。共産党員3名、案内役側の人3名、我々2人の合計8人で勘定は合計20000円。とても安いパーティとなった。

 いつも共産党員がたかるのでいい加減頭に来ていた私は若さも手伝って、共産党員の男たちに酌もさせ、偉そうに振舞った。

 美人の接待係は背が170㎝くらいか。その当時の女性としては背が高いし、思った以上に美人だ。こんな宴席がいつもあるのか、手慣れたもので、上手に場を盛り上げる。

 胡弓楽団の演奏が始まり、酒が回るとどんちゃん騒ぎになった。女性たちも酒を飲み、,3時間の楽しい時を過ごした。帰り際共産党員の男たちはいつでも我々を呼んでくれればどんな協力も惜しまないと言う。

 阿保らしくてそれからは中国には行っていないが、今の経済発展を聞く度に、あのパーティと道路わきの死体を思い出す。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

金の国アメリカ

次の記事

韓国女性の好み