ベルギーのムール貝

 彼はベルギー在住の韓国人である。何故、どのような経緯で知り合ったのか今は覚えていない。国籍は韓国で、韓国人の血が流れているのだろうが、初めて会った時、全く違和感がなく、私はてっきり日本人だと思った。

 実は何語で会話をしたのかも忘れてしまった。理屈を考えると英語だったと推論するだけだ。だが日本語だったかもしれない。何しろあっという間に気心が知れ10年以上も付き合っていたような錯覚を覚えるほどだった。

 ベルギーには化粧品の買い付けに行った。彼は安い店を知っていて私をそこに連れて行ってくれて結構大量の買い付けをした。今はそのビジネスをやっていないので、どこから買い付けをしたか我が社の企業秘密を開陳しても何ら差支えがない。だからこうして話している。

 大体日本のバイヤーは冒険心がない。展示会にいくだけでは良い商品を仕入れることができないのを分かっているのかいないのか、大手会社のバイヤーは展示会一点張りだ。だから例えばシャネルなどの並行輸入では我が社の独壇場のようなものだった。

 その韓国人の知り合いというか友人にコミッションを支払ってかどうかの記憶も霧の彼方だ。しかしとても親しくなったので、私も何等かのお礼はしたのではないか。

 彼はベルギーで旅行代理店を営んでいた。ワンマンカンパニーだから規模は小さかったと想像するがそれも確かではない。ただそんなに忙しそうに働いていなかったので、私の想像は大きくは間違っていないだろう。とにかく気があって面白いやつだった。

 ある日夕食に出かけた。ムール貝を食べに行こうと言うのだ。ベルギーはムール貝の本場らしく、美味しくてとても安いと盛んに私を誘う。

 その頃はまだEU が成立していないころで、各国、物の値段がまちまちで、上手く探せば安くて良い物、美味しいものを食べることができた。だがEUができてからというもの、イタリアの取引先は倒産するし、どこの国へ行っても価格は余り変わらなくなった。今まで値段が安いとして輸出していた各国、イタリア、スペイン、ギリシャなどの国は塗炭の苦しみを味わい多くの企業が倒産した。

 確かに表面上アメリカ、日本などの工業国と競合するのは一国では難しい。急激に台頭してきた日本は技術力に物を言わせて輸出ドライブを掛けるし、農業製品ではアメリカには太刀打ちできない。

 ワインもナババレーという一大産地がアメリカにはあり、安いワインをヨーロッパに輸入され始めていた。因みにこのナパバレーのワイン。はっきり言って美味しくない。どうして日本人はあんな質の高くないワインを高い値段を出して飲むのだろうか。

 ワインの味に起伏がないのだ。まるでべた凪の海を漕ぐ如く舌や喉を通る時に深みのある刺激が全くない。今ナババレーのワインが高いと言い、業者の宣伝に乗せられ小売店も高値で買うし、それにつれて実際飲む人も馬鹿高い値段を惜しげもなく使う。

 1942年は私の生まれた年で、その年のワインをアメリカで飲んだことが何度かあった。当時値段は小売店で35ドル。レストランでは100ドルだった。だが古いというだけで、私はあまり評価しなかった。普通のワインはレストランでも7,8ドルだった。アメリカは値段のこなれた国。なのにナパバレーのワインは何故そんなに高いのか。

 さて話は戻るが、ベルギーの友人が連れて行ってくれたところは通りの奥にある小さな店だった。どこでも安くて美味しい料理を食べさせるのは裏の裏にあるのだろう。ベルギーワインとムール貝を注文して友人は済ました顔だ。私はムール貝だけでは腹が一杯にならないのに、この男はどういうつもりだと様子を見守っていた。

 さてワインの栓が開けれ、私に試飲させた。美味しい。値段を聞くと確か2500円くらいだったと記憶している。気を良くした私はムール貝を待った。しばらくするとウエーターが両手にバケツを持って現れる。

 何事かと思いながら見ていると、そのバケツをテーブルに置いた。中を見るとムール貝がぎっしり詰まっている。驚いた。だがなるほど、これでは他の料理は要らないなと二人で食べ始めた。殻はやはり床に置いてあるバケツに入れるらしい。レストランを出る時私は腹一杯で動けなかった。

 そんな頃日本人の観光客の一団が来ると言う。当時の日本人はヨーロッパへは買い物に来るのが目的で友人はその行動に辟易していた。それで私に何か面白い企画がないのかと相談したのだ。

 団体は全ておばさん。だいたい50歳以上で、暇を持て余した有閑マダム。亭主には構われないものだから海外旅行にでも行こうかという程度の低いマダムたち。金は一杯持っている。

 私のアイデアはこんなことであった。「お前はベルギー人のハンサムで若い人をすぐにアルバイトで夜だけ雇えるか」と尋ねた。もちろんそんなことは簡単だ。そこでパーティを開いて、雇った男たちにアテンドさせろ。ダンスもOK.

 友人はその企画をおばさんたちに話した。会費は一人50000円。ムール貝がたらふく食べられて安い(どうせ舌は肥えていない)ワインやベルギー料理を供せられる。全てのおばさんが参加した。亭主に軽んじられたおばさんたちの異国での軽いアバンチュール。旅行の最後の日を飾るイベントになった。

 それからその友人はそのイベントを必ず催し、日本での旅行案内にもそれを加えた。大繁盛で、友人は一人アシスタントを雇ったくらいだ。それから何年かメールかテレックスの往復があったが、いつも間にか途切れた。

 もうその友人は私のことを忘れたかも知れない。でも私は日本でムール貝を食べる度にベルギーとその友人を思い出す。

  私はEUという組織が嫌いだし、そのうち機能しなくなると思う。各国にはそれぞれの文化やビジネスがあり、それを悪統合すると得をするのはドイツやフランスくらいだ。東ドイツ出身のメルケルは若い頃の苦しい生活を考慮して移民を無制限に受け入れているが、文化も経済もそのうち壊れること請け合いだ。

 

酒巻 修平

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