評論家という職業

 韓国がGSOMIA破棄を取り止めた。評論家のほとんど全ては韓国の態度が変わらないと考え、予定通り破棄が実行されると予想していた。彼らの読みは間違った。

 「事実は事実と確認されるまで事実ではないし、事実でないとされることもそれが証明されないと事実ではないと決定することができない」という趣旨の発言をアインシュタインはしたと聞く。私はこの考え方を尊重している。

 評論家という人たちは現状が何故そうなっているか、隠れた事実はないのかなど現在や過ぎ去った過去の物事の判断材料を我々にくれるのが仕事だ。現在あるあるいは過去に起こった出来事は人の心身の活動を経て成り立ったことでそれは事実である。

 しかし隠れた事実もあり、情報が少ない一般人にそれを教え、解説してくれるという意味では彼らの役目は重要である。だがまだ起こらない未来のことは例え1日でも見通しを立てることはできない。

 事実は事実になる前には誰かが中心になり種々の考え方や状況判断を経て決定することによって成り立つ。ここで極めて重要な要素は人の精神である。この条約破棄は何故起こったかは評論家でも今は解説できるだろう。

 何故なら未来予測で一番情報が取りにくいのは人が何を考えているかと言うことだからだ。日本には1億人以上の人がいるし、韓国は6000万人くらいか。その人たちは全て違うことを考えている。もちろんその考えの結果が同一になることは多いが、やはり多くの人たちの考えにより歴史は進んでいくのだ。

 GSOMIA破棄を止めたのは主として韓国の大統領の考えに基づくだろう。そうすると評論家は文在寅の考えを分析しなければならない。彼には色々な思惑が錯綜したであろう。自分の職務だけではなく、命を長らえることができるかまで考えたかも知れない。

 文はアメリカからの圧力、北朝鮮への忠誠心、日本からの重要輸入品の不安定な入荷、韓国の世論、中国やソ連との関係、韓国の経済などなど極めて多方面のことを考えて決断を下さなければならなかったはずだ。では何を一番考えたのか。評論家はまた何か言うだろうが、それは事実だろうか。

 評論家は人の心を読む魔術師ではない。文が各項目を何パーセント考えたのか自分でも分からないと思う。あるいは上記以外にも考えることがあったかも知れない。

 彼は勇敢ではなさそうだし、政治家としてあるべきことをやっているとも思えない。ひとえに自分の身の安全を考えていた可能性がある。アメリカから経済的な制裁を受け、国民が怒って辞職することだってあり得た。そうすると国家反逆罪の適用も視野に入ってくる。

 彼には一種の恐怖心もあったであろう。家族を海外に逃がしているので、そう思えるがこれも可能性の一つであるだけで断言することはできない。何故破棄を中止したのかは本人に聞いてみないと分からない。

 評論家は情報を提供するだけで、成功している評論家であればあるほど、実体の政治、経済は分からないと思う。私も長年事業を運営してきたが、たまたま出会った友人の助言で遂行しようとしたプロジェクトを中止したこともあった。

 こんなことが評論家に分かるだろうか。一人の人が何かを決める時にその日の体調も影響を及ぼす。体調が悪いと将来に不安を覚え、積極的な行動取りにくい。そんな複雑な人間の心理を評論家は分析、統合できるのだろうか。できると考えている評論がいたら、その評論家の言うことは信じてはいけない。

 特に株式投資をアドバイスする人の言うことについては情報だけを聞くべきだ。何十年か前、ほとんど全ての評論家は人口が増えすぎて食料問題が人を苦しめると言っていた。だが今先進国は人口減少が大きな問題になっているではないか。

 石油も40年で枯渇すると言ったのはもう3,40年前だ。今現在石油は枯渇の状態ではない。これは無責任ということではなく、自分ができないことを言っているだけだ。でもやっぱり無責任には違いない。

 韓国人は可哀想だ。あんな無能で利己主義的な大統領を持って。でもアメリカも同じか。落とさなくても良い原爆を発も落とすことを大勢の反対を押し切って決断したルーズベルトかトルーマンもがりがり亡者だったからな。

酒巻 修平

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