ゴーン関係の報道は何故少ないのか

 元旦の一面トップ記事はその年の重要なことが記事になるはずである。それがゴーン関係であったにも関わらず、その後テレビでも新聞でも報道の数と内容は乏しい。

 これは何を意味しているのか。一つにはこの事件が多くの関係部署の失態を表すものだから政府から報道関係にある程度の自粛を求められているからだろう。

 ということは政府の意向によって国民は知る権利を奪われていることに他ならない。

 報道機関も政府に協力しないと後々何かの差しさわりがあると判断して政府の要望を容れたと思われる。

 だから国民は政府や報道機関を信用、信頼できないと言うことだ。それに反してネットでは多数の記事が見られる。勿論ネットの情報元は新聞、テレビ、政府より少ないので一概にネットの記事が正しいとは言い切れないが、それだけネットの関心が高いと言える。

 最近マスメディアは何を考えているのか。只管生き残りの方法を模索していると思えるがそれにしては大きな改革や進歩が見られない。

 私が取っている読売新聞は自社が後援する箱根駅伝のニュース極めて多くの紙面を割き、ある日などは6ページをそれに当てた。

 私は駅伝のフアンだが、その私が辟易するほど、箱根駅伝に関する報道が多すぎる。他の駅伝については他社が協賛しているからか、それに割く紙面は少ない。

 これでは公共のための新聞ではないのではないか。自己の宣伝のために多くの紙面をただで使っているのだ。

 もう新聞も賞味期限が切れたようだ。私が知っている人でも新聞を取っていない人が多い。新聞は銀行と同様斜陽産業であろう。

 それに追い打ちを掛けるようにこのような報道の仕方をする。有名な朝日新聞の故意の誤報道は悪辣だが、読売ももう読む意義が少ない。

 政府はもっと馬鹿だ。何故こんな犯罪の盲点があったのか、国民の審判を仰ぐためにもメディアに報道して敢えて非難を浴びて反省すべきではないのか。

 それをせず事実、真実を隠蔽して何をしようとするのか。だから政府は国民から信頼されないのだ。

 もちろん国家機密もあり、国民が知ることが国益に反することもあるだろう。だがこれはそんな機密事項ではないではないか。

 世界各国は笑っている。日本はスパイ天国だと言っている。これはスパイ事件ではないが、防衛や機密の甘さを世界に知らしめた。

 世界は「日本は他国からの圧力がないと動かない臆病な国」と酷評する向きもある。

 ネットでは日本がいかに良い国であるかを連日言い立てているが、本当にそうだろうか。表面だけを見て物事を判断する国民がいて、人気があるが能力がない人物が選挙で選ばれる。

 ある番組では日本の良い所を外国人に話してもらおうとするものがある。これは見ていて恥ずかしい。いつから日本人は自分を誇るようになったのか。

 電車で若い女性は老人に席を譲ろうとしないし、表面上の礼儀は正しくても本当の意味の礼儀はなっていない。

 ゴーンを引き渡さなければレバノンと国交断絶するくらいの勇気を持てないのか。日本人は腰抜けになったのか。

 第二次世界大戦で死力を尽くしてアメリカと戦った戦士のような人はもういないのか。馬鹿らしい受験技術を教えるだけの学校。そんな技術だけに長けた人物が官僚になるものだから、改革はできない。

 将来の日本が心配だ。孫の世代には日本は何処にいるのだろうか。工業技術だけに頼った社会はどうなるのか。金で金を得る経済を奨励する首相の頭は正常なのか。しっかりしてもらいたい。

酒巻 修平

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