イランとアメリカの小競り合い

 何とかいうイランの跳ねっ帰り将軍が殺害されてその報復にイランがイラクにある米軍基地にミサイルを何発か打ち込んだ。

 イラン側はそれで80人の米国人が死亡したと発表したが、アメリカ側には死者がいなかったとトランプは語った。

 もちろんトランプが言っている方が正しい。何故ならイランは本格的な戦争を望んでいないからアメリカ人を殺さないように配慮したからだ。ただイランのなんやら師という最高指導者の男はメンツを保ちたい。

 イラン人の90%の人はアメリカと事を起こすことを望んでいないが、なんやら師は自分の勢力の衰退を何とかしない。

 一方トランプも大統領選挙を控えて自分の意思は当面抑えてできるだけ国民が歓迎する対応をしたい。

 この両者の考えから政治と国民が乖離していることが分かる。例外は別として政治家という職業を選択するのは「権勢欲を満たすために仕事をしている」碌でもない人物に思えて仕方がない。

 イランは今経済危機にある。従って大規模な戦争などできるはずもないし、アメリカと戦っても勝てる可能性は0だ。

 それでも自分の権勢欲を満たすため国民の支持が欲しい。トランプは商売人だから損をすることはしない。双方の望みは合致している。だからイランの(思い出したハメネイだ)は攻撃前にイラクを通じて攻撃を予告していた。

 アメリカ人が沢山死ぬとトランプも大々的な反撃をしなければならない。それを恐れたのだ。

 だからアメリカが報復しなければならないようなアメリカ国民の感情を刺激しない作戦を取った。

 戦争は非常に資力を要する事業だ。アメリカも朝鮮戦争やベトナム戦争を通じて巨大な国費を費消し、国力が低下した。

 ソ連はアメリカとの軍拡競争をして、経済が行き詰まり崩壊した。それらを政治家たちは見て教訓にしているだろう。

 だから誰しも戦争はしたくない。だが利益もある。それは国内に軍需産業があるなら、一種の経済刺激策になるからだ。ハメネイは下がった石油の価格がこの小競り合いで上がることを望んだのかも知れない。

 今ハメネイが欲していることはイスラムの過激派がアメリカの軍事基地を攻撃してくれることだ。

 もちろんイランも多少の援助を行っているが、戦費の全てを拠出するわけではない。拠出も間接的だと国民の感情を緩和することができる。

 それにしても宗教とは何だろう。心の安寧を願わなければならない宗教の最高指導者が争いを起こすことに躊躇しない。

 そう言えばイスラム教の教徒は人の命を軽んじ過ぎる。普通の教徒はそうでないかも知れないが、人民の命など平気で奪えるこの宗教の宗旨は理解できない。

 トランプが一時アメリカにイスラム教徒の入国を差し止めたことがあったが、今になってトランプの気持ちも判ろうというものだ。

 今回のアメリカとイランの小競り合いは過激派が出て来なければ収束するだろう。過激派にも少しは脳を使う人物がいて、イラン政府と繋がっているなら、過激派による攻撃もないか、あっても小規模だろう。

 もともと過激派が大規模な戦闘を行えるとも思えないが、今回はそれもないと思う。

 トランプは再選されると予想する。だから選挙の11月を過ぎればトランプはもう再度の再選はないので、自分の意思を思いきり通すだろう。まさかそれが弾劾にまで至らないだろうから、イランや北朝鮮に対してどのような政策を取るか分からない。軍事攻撃も考えなければならない。この時イランは苦境に陥る。

 考えれば世界には二つの組織がある。一つは政治家たちだ。もう一つは国民。政治家は少数派だが権力を握っている。だから国民と対等に渡り合える。国民の武器は選挙権だけだからこの武器を有効に使わなければ政治家との国家の指導権争いに負ける。

酒巻 修平

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