嫉妬

 生物的な観点から考えると雄はできるだけ子孫を設ける範囲を拡大するために多くのメスと交わり子を産ませたい。

 かたや雌は一匹の雄を独占して生活を一緒にしたい、外敵から身を守ってもらいたいという気持ちが強い。

 雄の行動要求は人間では雌から見ると浮気と映る。そして雄すなわち男がそんな行動を取ると嫉妬という感情が芽生える。

 人民のためを絶えず考えた天皇の仁徳天皇の后、磐姫皇后は嫉妬深く、天皇の浮気相手の行動を阻止する動きを様々行っている。

 彼女が歌った歌「君が行き 日長くなりぬ 山尋ね 迎へか行かむ 待ちにか待たむ」は控えた言葉を使っているが、嫉妬心が中から浮き出てくるようだ。

 中国の三大悪女と称される西太后も嫉妬深いことで悪名が高い。彼女はライバルの麗妃の手足を切断して甕の中で飼ったという噂がある。

 ギリシャの神ゼウスの妻のヘラも極めて嫉妬深く、情報網を通じて多くの人を苦しめたと言われている。

 日本の時代劇に見られる江戸時代の武士の妻は慎み深く嫉妬心を強く抑えていたように描かれるが、これには疑問がある。多分そのころの武士の妻も嫉妬心を隠そうとしなかった女性も多かっただろう。

 嫉妬心は男性から見ると忌むべき女性の精神状態であるが、それを非難することはできない。何故ならそれは本能に由来し、男性の浮気心と対をなすからだ。

 今の結婚制度がいつどのように発生成立したか、調べてはいないが、西洋でも同様の制度があるところを見ると多分に女性の側に立った制度ではないかと推測する。

 平安時代の結婚方式は妻問い婚で、夫が妻の住む屋敷に気が向けば赴いて一夜を共にする様式だったと言う。

 夫が明くる朝、裸体で夜を過ごした後、別れる時は互いに衣服を身に着けることからその別れを後朝の別れと言い、これは衣々の別れからきている。

 恋しあう男女に取ってそれは辛いことであり、そのため多くの歌が作られた。「明けぬべく 千鳥しば鳴く 白妙の 君の手枕 いまだ飽かなくに」もその一つで、この結婚様式は男性側に立ったものだろう。

 どの結婚様式が男女に取って公平かは一概に言えないが、女性の嫉妬心を煽らず、男性の浮気心もある程度満たされるようなものはまず見つからない。

 神様はどうしてそんな人間の男女の欲望や精神を鑑みず男女の本能を作ったのか、神を恨むのみだが、もう今さら変えることはできない。

 一般的な見方をすると浮気心がないような男性は覇気がないように思われるし。女性の嫉妬深いのはどうも頂けない。

 だがそんな感想を持つのは私が男性だからで、女性から見るとそれは男性の横暴でしかないだろう。

 いずれにしても複数人の合同生活にはトラブルが付きもので、互いにできるだけ我慢をしなければならないのは言を待たない。

 だが時は移り、女性も浮気をする時代になった。それはそうだろう。結婚した女性はそのうち夫に体の興味を失われてしまう。

 そんな空閨を癒すために女性も不倫をするのは何だか哀れで、男性は女性と遊んでやることを忘れてはならない。

 たとえ同衾しなくても妻と何等かの遊びをしてやればもともと本能としては浮気心がない女性は我慢をするだろう。

 ある中国人が言った言葉を今でも覚えている。「中国人の女は楽だ。金さえ与えておけばそれで満足するが、日本の女性は金と遊びの両方を求める」

 なるほどとその言葉を聞いた時は感心したものだ。そのころの中国はまだ貧しくお金さえあれば幸福と中国女性は考えたのかも知れない。だが今はもう駄目だろう。中国でも遊んでやらない男性は女性から邪見にされるに違いない。

酒巻 修平

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