幽霊と情報社会

 これは幽霊とは関係がないが、子供のころ映画を良く見た。家は経済的に余裕がなかったが不思議と映画は見た。

 そんな映画の一つに「風雲将棋谷」という映画があった。主演のお姫様役は誰だったか忘れたが、薄田賢二が悪役で、捕まえたお姫様に蠍を仕掛けて殺す役を演じていた。

 そのころの映画館には木の長椅子が後ろの方に置いてあり、私はその長椅子に座って見ていた。場面は薄田が割りばしのようなもので蠍を「しゃっしゃ、しゃー」と言いながらお姫様の方に追いやるところだった。

 薄田の目の辺りが映され、私は怖くなって手で目を覆った。しばらくそうしていて、もう良いだろうと思って目から手を放すとまだ薄田の目が今度は大写しになっていた。

 私は「わっ」声を上げ、椅子から落ちてしまった。すると隣に座っていたおじさんが「坊や、大丈夫か」と気遣ってくれて、飴を一つくれた。

 あの場面は本当に怖く、今振り返ると笑いが出てきそうだが、子供には本当のことなど分からず、恐怖心が一杯だった。

 世代が変わり、私は大人になり子供はまだ小学校にも上がっていない時だったと思う。「口裂け女」という怪物が世間の噂になった。

 今考えるとそんな女がいるわけがないのだが、その女は口が頬の奥まで割けるように大きく、子供に恐怖心を与えるには充分だった。

 ある日その子供を連れて自宅に帰る途中、少し暗いところがあり、私は悪戯心で「わっ、口裂けだ」と言って子供を残して逃げた。

 子供は泣き叫び、私の後を全速力で走ってくる。あまり怖がるので私は立ち止まって子供を迎えてやった。

 その子供も今はある会社の役職に就いている。それでもまだその口裂け女のことを忘れていない。よっぽど怖かったとみえる。

 昔は夏になると怪談ものがよく映画になったし、テレビでも放映された。今の子供に聞かせると馬鹿にされるか笑われるのが落ちだが、当時はそんな風潮が社会にはあった。

 今は情報時代なので、そんな幽霊や奇妙な怪物が出没しているというニュースは流れない。皆が幽霊やその類の怪物などいないことを知っている。

 そこでハタと考える。そういう怪物がいるかも知れないと思う社会が正常で面白いのか、それとも真実を知る方が良いのか。

 どちらとも言えないが、私は怪談があった方が何だか希望が持てるようで好きだ。世には何が真実か不明なことも多い。

 人の体がどのように動いているかは未だに分からない。それが解明されると人はより長生きになるだろうが、精神的にはどうだろうか。

 どうせ真実など分からないのであれば怪談があっても良いではないか。昔の子供はよく遊んだ。そんな子供の間では怪談は人気の的だった。

 人には未知のもとに興味を引かれる性質がある。ネス湖の首長獣は長く恐竜かも知れないと噂されたが、それが人工の映像であると判明し、がっかりしたこともある。

 仕事のことではいくら知識があっても邪魔にならないが、私的な社会生活では未知の事柄がなくなるのはそこはかとなく寂しい。

 が人の知能を超えられないのは分かっているが、だんだんと人は知ることが多くなり、未知のことを知る夢がなくなってくる。

 ある本では「科学の終焉」と題して科学はもう目標を失くして、科学をする意味がなくなるという趣旨のことを書いてあった。でもまだ謎が残っていると信じているし、そんな状態は悪いことでなければ続いて欲しい。

 最近噴火した海底の火山の所為で島ができ、あっという間に大きくなった。そいて今、その島に大量のゴキブリが発生したという。鳥も沢山繁殖しているようだ。

 それがゴキブリでなければもう少し夢があるので、昆虫くらいであって欲しかったが、まあ仕方がない。ゴキブリは繁殖力が強いから大量発生したのだ。

 人には夢が必要だ。お化けは夢ではないが、たまにはお化けも出て欲しい。

酒巻 修平

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