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天理に従って種を蒔き、天理に逆らって草をとる

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今日の言葉

二宮翁夜話より引用

47)人道は水車の中庸
翁のことばに、人道というものは、たとえば水車のようなものだ。その形は、半分は水流に従い、半分は水流に逆らってぐるぐる回っている。丸ごと水中にはいれば回らないで流れるだろうし、またすっかり水を離れれば回ることはありえない。仏教でいう高僧知識のように、世を離れ欲を捨ててしまったものは、水車の水を離れたようなものだし、また凡俗で教義も聞かず義務も知らず、私欲一方に執着するのは、水車を丸ごと水中に沈めたようなもので、共に社会の用をなさない。だから人道は中庸を尊ぶ。水車の中庸は、ほど良く水中にはいって、半分は水に従い、半分は流水にさかのぼって、運転滞らないところにある。人の道もそのように、天理に従って種をまき、天理に逆らって草をとり、欲に従って家業を励み、欲を制して義務を思うべきだ。
【引用 二宮翁夜話(上) 福住正兄:原著 佐々井典比古:訳注】

天理に従って種を蒔き、天理に逆らって草をとる

「天理に従って種をまく、天理に逆らって草を取り、欲に従って家業を励み、欲を制して義務を思うべきだ」という言葉が重要だと思います。

最近、自分の望みを優先し、反対の事象から目を背ける人が増えていると感じています。

例えば、社会で自分勝手に行動すると、それに反対する人が現れます。夢を叶えたいと思うと、必ず試練も起きます。これが天理です。

それなのに、自分の望むことと反対のことは攻撃したり否定する傾向があります。

それは、田畑に種をまくと雑草も生えるのに、「雑草が生えるのは田畑のせいだ!」と非難し、自らは前向きな行動をせずにいます。

私たちは社会という田畑に生きていると思います。

そして、一人一人がその田畑に種をまき、自分の収穫を求めて生きています。

田畑に種をまくと雑草が生えるのが天理で、その草を一人一人が責任を持って取るのが人道です。

しかし、最近では、社会に種をまき、夢を描いても、雑草取りのような面倒なことは社会や他人のせいにする傾向があります。

このような行動を続ければ、その社会は荒廃し、何も実らなくなると思います。

それを避けるためには、現代の人道について考え直す必要があると感じます。

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