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天道の中に人道をつくる

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今日の言葉

二宮翁夜話より引用

46〕天道の中に人道を立てる  
 翁のことばに、およそ世界は旋転してやまない。寒さがゆけば暑さがくるし、暑さがゆけば寒さがくる。夜があければ昼になり、昼になったかと思えば夜になる。また万物も、生ずれば減し、滅すれば生ずる。ちょうど銭をやれば品がくるし、品をやれば銭がくるようなものだ。ねてもさめても、居ても歩いても、きのうはきょうになり、きょうはあすになる。田畑も海山もみなそのとおり、ここでたきぎをたきへらすほどは山林で生するし、ここで食いへらすだけの穀物は田畑で生育する。野菜でも魚類でも、世の中で減るほどは田畑や川や海や山林で生育する。生れたこどもは時々刻々に年がよる。築いた堤は時々刻々に崩れる。 掘った堀は日々夜々に埋まり、ふいた屋根は日々夜々に腐る。これがすなわち天理の常なのだ。  
 ところが人道は、これとは違う。なぜかといえば、風雨の定めがない、寒暑の往来するこの世界に、羽や毛もなくうろこや甲らもなしに、はだかで生れ出たのだから、家がなければ雨露がしのがれず、衣服がなければ寒暑がしのがれない。そこで人道というものを立てて、米を善としてはぐさを悪とし、家を造るのを善として破るのを悪とした。みんな人のために 立てた道だから、それで人道というのだ。天道から見るときは善悪はない。その証拠には、天道にまかせておけば田畑もみんな荒地となって、開びゃくの昔に帰ってしまう。なぜなら、それがすなわち天理自然の道だからだ。  
 天には善悪がない。それゆえ稲もはぐさも差別せずに、種のあるものはみんな生育させ、生気のあるものはみんな発生させる。人道はその天理にしたがいながらも、その内でそれぞれ区別をして、ひえやはぐさを悪として米麦を善とするように、すべて人の身に便利なものを善として、不便なものを悪とする。ここまで来ると天理とは違ってくる。なぜなら人道は人の立てるものだからだ。人道はたとえば料理もののように、三杯酢のように、歴代の聖主・賢臣が料理し塩梅してこしらえたものなのだ。だから、ともすれば破れようとする。それゆえ、まつりごとを立てたり、教を立てたり、刑罰法制を定めたり、札法を設けたり、やかましくうるさく世話をやいて、ようやく人道は立つのだ。それなのに、これを天理自然の道と思うのは大きな間違いだ。よく考えるがよい。
【引用 二宮翁夜話(上) 福住正兄:原著 佐々井典比古:訳注】

天道の中に人道をつくる

二宮金次郎は、自然界の摂理や災害を「天道」とし、人が生きるための営みを「人道」と説きました。

2024年1月に北陸地方で大地震が発生し、それ以降も世界中で地震が相次いでいます。

この状況を見ていると、地球全体が変動期に入ったように感じます。

これからどんな災害が起きるのか予測することは難しいでしょう。

仮に過去のデータから地震発生を予測できたとしても、その地震を防ぐことはできません。

地震は天道だからです。

しかし、地震が発生することを想定して、事前に対策を考えることはできます。

例えば、備蓄を準備したり、地震が発生した際の連絡方法や待ち合わせ場所を決めておいたり、自宅や会社周辺の危険箇所を予測したり、地域の人々とコミュニケーションを交わしておくことです。

これらの対策が人道です。

大事なのは、天道に怯えて不安になるのではなく、天道を受け入れた上で、今自分にできる人道を常に考え、対策を講じることです。

「天道」の中で「人道」をつくる。

これが人間が生きる道だと私は思います。

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