置時計を13個買った

  人間の衝動的な行動は止めようがない。私が何故置時計に興味を持ったかもうその興味も去った今思い出せない。

 しかし買っている間は夢中でその作業に没頭した。日本だけではなく、アメリカ、イギリス あるいはアフリカにまで買いに行った(ネットで)。

 日本では本当に安く手に入れることもでき、こんな良い時計がどうして500円で買えるのかと驚き売り手に感謝したことがある。

 日本製ではシチズンのものが多いが、この手のものはもう生産されていないので、貴重品ではないかとも思うが、実用性が薄いので好事家だけがそう思っているだけだろう。

 この種の置時計の生産は限られているので、骨董品的な価値があるかも知れない。一番好みのものは青銅製の女神が時計を高くかざしているタイプで、これは15000円、オークションで落とした。

買うのはヤフオクが多かった。しかしネットでの買い物は実物を見ることができない。いきおい売り手の説明だけが頼りだ。

 ところが売り手の半分は何等かの嘘を付く。「電池が切れているので、動作の確認はしていません」というのでこちらは電池を変えれば動くのだろうと思った。

 それで電池を買って来て挿入したが動かない。それでクレームすると「動くとは言っていない」という始末。最初から動かないのを知っていたのだ。

 さらに「オブジェで買う人もいるので」という嘘の上塗り。そしたら最初からそう言ってくれれば良いのにと寂しくなる。

 時計だけではなく色々なものを買った。ヨーロッパやアメリカの人は買いたければ買えばという感じで接する人が多いが、やたら同類のように扱う人もいる。

しかし嘘はあまり付かない。嘘を付くのはアジア人が多い。日本人も嘘付きだ。

結局13個の内相手に嘘がなかったのは半数である。後はどこかに嘘があり、ネットで買うことの難しさを実感した。

 コンピューターでのやり取りは書き言葉だけで行われるので、真実が見え難い。表情は見えないし、声のトーンからも感情などを察知できない。これがコンピューターの普及の限界だろう。

 自分の真実の感情表現は難しいし、全てを書いてしまうのにも抵抗がある。言葉の難しさを乗り越えて言いたいことのやり取りをするのは相当な熟練の技が必要だ。

 しかしどこでも200年も前には遠方同士の通信は手紙しかなかった。電話が発明されたお陰で楽になったのだが、また言葉による通信に逆戻りしなければならないのか。

 ところで目の前に半日巻きの小さな置時計がある。もっと大きいと想像して買ったのだが品物が着いてみると10㎝もないくらい小さい。説明を見ると8㎝と書いてあるので、相手は間違いのない情報を与えていた。計測値は目で見るのとは違い2ステップの注意が必要だ。

 その時計は周囲4面に写真が印刷されている。両サイドの写真は女性のヌードだから私の前の持ち主は男性だったのだろう。今はヌードなど氾濫しているがこの時計が製造された当時はこんな手段で男は欲望を発散していたのかと思うと可笑しい。だから半日巻きなのだろう。巻く度に女性のヌードが拝める。

 この時計はやはり10000円くらいしたと思う。その隣には100円ショップで買ったデジタルの時計が置いてあり、優雅さは全くないが時間はこちらの方が正確だ。

 コンピューターは嘘も運んでくる。昔なら嘘を言わないような人でもつい真実から少し離れたことを言って売ろうとする。

 そうだとするとコンピューターは道徳の破壊者なのか。コンピューターに操られてはいけない。愚直に真実を述べることをモットーにして欲しい。

 色々なことを考えさせてくれた時計収集であった。

酒巻 修平

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