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弱いものいじめは誰でもいい

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今日の言葉

イソップ寓話より引用

23)鶏と山鶉
家で鶏を飼っている男が、よく馴れた山鶏の出物に会って、一緒に育ててやろうと、買って持ち帰った。 ところが、鶏たちが突っ突いたり追いかけまわしたりするので、山鶏は、種類が違うために爪はじきされる、と悲観していた。 しかし、程なくして、鶏たちが喧嘩をし、相手が血を流すまで離れようとしないのを見て、独り言して言うには、 「あいつらに突っ突かれても、もう苦にならない。あいつら同士でさえ、容赦しないのが分かったぞ」 賢い人は隣人から暴力を受けても、連中が身内さえ容赦しないのを見たなら、我慢しやすくなる、ということをこの話は説き明かしている。

【引用元 岩波文庫 イソップ寓話集 著 イソップ 翻訳 中務哲朗】

弱いものいじめは誰でもいい

鶏は、傷ついて出血している他の鶏をつつく本能を持っています。

以前、私が養鶏をしている農家で働いていたとき、出血している鶏は他の鶏から攻撃を受け、さらに傷つくことがありました。

そのため、出血した鶏は隔離していました。

イソップ寓話が示すように、どの時代にも弱者へのいじめは存在します。

いじめられる側は辛いことです。

また、いじめられるとき、自分が弱いから、自分がダメだからと、自分に原因があると考えがちです。

しかし、いじめる側は、自分がいじめやすい人をいじめているだけで、実際には誰でもいいのです。

彼らは自分のネガティブな感情を発散させるためにいじめているだけで、いじめの原因は、いじめる側の精神的な弱さであり、いじめられる側の問題ではありません。

その背景を理解すれば、いじめの苦しさは少し軽減されるかもしれません。

イソップ寓話集の「鶏と山鶉」を読んで、そんなことを感じました。

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