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悪事にも大義名分が必要なのはなぜか

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今日の言葉

イソップ寓話より引用

16)猫と鶏
猫が雄鶏をつかまえて、もっともらしい理由をつけて食ってやりたいと思った。 そこでまず、夜中に時を作り安眠妨害をするから、人間にとって迷惑だ、と難癖をつけた。鶏が、それはいつもの仕事へと起こしてあげているので、人間の役に立っているのだ、と答えると、今度は、「しかしお前は、姉妹や御袋にまで乗りかかるから、自然の掟に背く不届き者だ」と言った。 これとても飼主の為を思ってしている、卵が沢山生まれるための配慮だ、と鶏が弁ずると、言うことがなくなった猫の奴、「お前がいつまでも言い訳に困らないからといって、俺がお前を食わぬとは思うなよ」邪を好む悪しき性分は、たとえもっともらしい口実がなくても、あからさまに悪事をなす、ということをこの話は説き明かしている。

【引用元 岩波文庫 イソップ寓話集 著 イソップ 翻訳 中務哲朗】

悪事にも大義名分が必要なのはなぜか

いつの時代も、なぜ戦争には大義名分が必要なのでしょうか。

抑圧された国民を解放するため、テロによる多数の犠牲者が出たためなど、正義という大義名分を掲げて、多くの犠牲を出してでも戦争を始めてしまいます。

両者がそれぞれの正義で戦争をしているため、終戦への解決策が見つからない。

なぜ人間は戦争を行うために正義を必要とするのでしょうか。

また、なぜ猫は雄鶏を食べるために理由を必要としたのでしょうか。

人間には「人として正しくありたい」という本能があるのかもしれません。

その本能のために、正義という大義名分を設定してから戦争をするのかもしれません。

もし「人として正しくありたい」という本能があるならば、正義の正当化ではなく、真剣に人間としての正しさを考えていく必要があります。

そうでなければ、正義によって地球が滅びる日は近いかもしれません。

イソップ寓話集 の「猫と鶏」を読んで、そんなことを感じました。

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