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積小為大

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今日の言葉

二宮翁夜話より引用

114〕積小為大
翁のことばに、大きな事をしたいと思えば、小さな事を怠らず勤めるがよい。小が積って大となるからだ。およそ小人の常として、大きな事を望んで小さな事を怠り、できにくいことに気をもんで、できやすいことを勤めない。それゆえ、ついに大きな事をしとげられない。 それは、大は小の積んで大となることを知らないからだ。たとえば、百万石の米といっても粒が大きいわけではない。一万町歩の田を耕すのも、一くわずつの手わざでできる。千里の道も一歩ずつ歩いて行きつくのだし、山を作るにも一もっこの土を重ねてゆくのだ。この資理をはっきりわきまえて、精を出して小さな事を勤めてゆけば、大きな事は必ずできあがる。 小さな事をいい加減にする者は、大きな事は決してできぬものだ。
【引用 二宮翁夜話(上) 福住正兄:原著 佐々井典比古:訳注】

積小為大

「積小為大」は二宮金次郎の有名な言葉です。

金次郎は幼少期に両親を亡くし、二宮家の兄弟は離散しました。その後、親戚の家で働くことになりました。

ある時、金次郎は田んぼの捨て苗を拾って、小さな田んぼに植え、自分だけのお米を得ました。

その経験から彼は田んぼを広げ、二宮家を復興させた経験から「積小為大」の言葉がうまれました。

先日、ネットの記事で「とある市が二宮金次郎の銅像を最低1万円から売却する」という情報を見つけました。

https://news.yahoo.co.jp/articles/74ea8d282c136a3f3f392d3e9193827c95a09f22

記事によると、学校の統廃合により行き場所がなくなった銅像を、捨てるよりも必要とする人に活かしてもらいたいという考えで売却するとのことです。

銅像の老朽化も問題なので難しいかもしれませんが、個人的には他の学校に移設することはできないのかと思います。

二宮金次郎銅像について「歩きスマホを助長する」「子どもに労働させて児童虐待だ」「戦前教育に使われて人」と言う人もいますが、二宮金次郎像が小学校に置かれている理由を理解しようとはしていません。

私は、当時の学校の先生が二宮金次郎像の前で「積小為大」のような考え方を子どもたちに教えていたのだと思います。

「歩きスマホ」や「児童虐待」が増えているのは、二宮金次郎の思想を学ぶ人がいないからだと思います。

子どもたちに必要なのは修養を身につけることであり、そのためには二宮金次郎像を活かして教育できる大人が必要だと思います。

二宮金次郎の夜話111段「積小為大」を読んで、そんなことを感じました。

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