日本人とのばか騒ぎ - 酒巻、ゴキブリを食べる

  私が学校を出て、初めて入社した会社にはまだ冷暖房がなかった。それでも冬はストーブが設備されていたが、夏の暑いのには閉口した。

 当時はまだ野原も多く、木々も会社の付近には多く生えていたので、昆虫が風邪を入れるために明け放してある窓から飛び込んでくる。

 同僚の中で繁華街に料亭を持っている家の子息がいた。彼は町中に家があるものだから、大型昆虫と接する機会が余りない。仮に木村としておこう。

 窓からは色んな昆虫が飛び込んでくる。その中に青カナブンがいた。しょっちゅう飛び込んで来るからぶんぶんと煩いし、その優男の同僚の木村が大げさに驚く。

 一年後輩に砲丸投げの選手をしていた男がいて、その優男の態度に呆れ顔をしていたが、あるとき「木村さん、そんなカナブン程度に何をびくびくしている。男ならしっかりせよ」と詰った。

 優男はそれでも逃げ惑う。カナブンがくると「わっ」とか言って部屋の隅に行って縮こまる。それを見て砲丸投げ男、これも仮に高橋としておこう、はやおら机の上に止まったカナブンを手で掴んだ。

 それを優男のところに持って行き「見なさい、こんなに綺麗ではないか」とか言って、優男の鼻先にくっ付けるように近づけた。優男は「うわっ」と言って顔を背けると砲丸投げ男は少し離れて「見て、見て」と言って、優男が見るとやにわにそのカナブンを口の中に入れて噛み砕いた。

 優男は腰を抜かすばかりに驚いて、ぎゃあぎゃあ叫んでいる。砲丸投げ男の高橋は図に乗って粉々に噛んでいて、足が口の端から出て来たので、優男にそらそらと見せる。

 その夜は例によって酒を飲みに皆で繁華街に出た。優男のお姉さんがやっているバーに入ったのは安い夕食を食べた後だ。優男が昼間の出来事をお姉さんに報告している。お姉さんや他のホステスは声を上げながら聞いていた。「やあね」「えっ、気持ち悪くないの」とか言われると砲丸投げ男の高橋は得意げに説明をし、優男はいまだに顔を顰めている。

 その時だ。私の闘争心に火が付いたのは。私も相当酔っていたと思うし、そのころは皆野蛮だった。見るとカウンターの上を「平八」と呼ばれる大型のゴキブリが這い回っている。それを見て優男はまた騒ぐ。

 砲丸投げ男は私の一年後輩にあたる。私はその男に「カナブンを食ったくらいで威張るな。平八を食ったら、威張っても良い」と言ってやったが、「酒巻さん、ゴキブリは汚いし病気の元だから、それは勘弁して下さい」とだらしがない。

 私は「ふーん、お前も大したことないな」と言いながら、ゴキブリを捕まえて静かに口の中に入れ、普通の食べ物のように、食べ始めた。それを見ていた砲丸投げ男、優男、その姉さん、ホステス数人が「うわっ、汚い」「辞めなさい」「ぎゃああー」など喧しい。

 平八は青臭くて、とても気持ちが悪い。本当はげっと吐き出したにのを我慢して、むしゃむしゃと食べる。その間、足などが口から出てくるので、「木村、食べるか、高橋はどうだ」とか冗談を言いながら、呑み込んでしまった。呑み込んでしまった後、すまし顔でビールを注文して流し込んだが、本当はその味を消したかったのだ。

 この話には後日譚がある。何日かしてまたそのバーを行って暫くいると後ろの戸が開いて他所のバーのホステスが5,6人戸口に立ってカウンターの方を見ている。私は何事が起ったのか、聞いてみるとその中のリーダー格が「ねえ、早く食べてよ」と言う。

 もう一度ゴキブリを食べろと言うことだと思ったが、あんな拙いものは二度と食べたくない。ごまかしながらビールを飲んで、そのホステス達にも振舞った。お陰で給料日までもう酒場には行く金が残っていなかった。

酒巻 修平

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