アメリカ人とのばか騒ぎ - ズボンの後ろが破れている

バーリントンという繊維会社と取引したころの話だ。この会社は東レと同様最初は繊維織物を生産していたが、繊維産業が国内から賃金の安い海外へ生産拠点が移って、私が取引したころはガラス繊維を生産していた。

 私は30代から40代前半、怖い者は世の中にいなかった。担当者が空港に迎えに来てくれて会社に案内されると、巨大なビルの上部全部を使用しているような大企業だと分かった。

 担当者は何だか課長で、紳士で、私を丁重にもてなしてくれた。名前は「Bill Morton」といった。会社で商談を済ましニューヨークのビジネス街を歩いていたときのことだ。

 私はこの会社に来る前、カリフォルニアで仕事をしたのだが、ある日ズボンの後ろが縫い目に沿ってばりっと破れたのを感じた。拙いなと思ったが、当時私はスーツケースなど持たずに紙袋に最低必要なものだけを入れて旅行していたから、換えズボンなどない。

 アメリカで安物のズボンを買うのも癪だし、ままよ、仕方がないと旅行を続けた。しかしズボンの破れは気に掛かる。

 カリフォルニアでは何とか問題を起こさなかった。誰も後ろが破れたズボンを穿いているとは思わないし、そんなところには関心がない。それに全て車移動だ。難を免れていた。

 ニューヨークではそうはいかない。東京と同じで人が多い。ズボンの破れ目から下着の白いのが見える。できるだけ、歩幅を小さく、脚を広げないように歩いていた。

 もう一人部下がいたと思う。バーリントンのBillを交えて、3人でニューヨーク5番街辺りをレストラン目指して歩いていた。

 その時、一人の紳士が近づいて来て、私の耳元に何かを話し掛けた。「Sir, maybe I am wrong, but I believe, no I think, your trousers get something trouble」、「多分私の間違いだと思うが、私は信じる、いや思うのですが、あなたのズボンがトラブルを起こしているようだ」と言われて、私は来た来たと困ってしまった。

 そのように言ってくれているのはとても紳士然とした人で私が気が付かないと思って親切心を出してくれたのだ。笑いながらおにいちゃんあたりが言ってくれるなら、「Thank you」で終わりだが、そうもいかない。

 繰り返すが当時私は若かった。咄嗟に出た言葉が「I know」ニュアンスは「分かっているよ」程度の言葉だった。その私の言葉を聞いた紳士は途端に顔も真っ赤にして、ばつが悪るそうに「I am sorry」と言って逃げていった。

 それを見ていたBillは自分が着ていたスプリングコートを私に掛けて、ズボンの破れを隠してくれた。それからどのように日本に帰ったか覚えていない。ズボンは買わなかったし、スプリングコートは返した。

 レストランに着いて、その時の私の心境や場面を思い出しながら、ワインを飲みステーキを食べた。勿論向こうのおごりだ。

 Billは私を真面目な男と思っていたし、日本人では私のような人間は少数派だ。私は馬鹿だから、面白可笑しく、話をし始めた。身振り手振り、紳士のことや言葉を再演しながら、話す。

 私の話を聞きながら、Billはやっと私がジョークを話す人間だと分かり、それからはワインをビールに換えて飲むわ、飲むわ、笑い、飲み、また私が演技しながら話す。

 食事が終わっても私を帰さない。バーの勘定を会社は払わないから(取引がそんなに大きくない)、彼は「Please let me buy some alcohol」と誘う。私に否やはない。

 バーでも同じ話を二時間もして、大いに盛り上がった。「This is the most funny story I experienced」、俺が経験した一番面白い話だと私を褒めたか、馬鹿にした。私はこのようにしてニューヨークで一人友達を作った。

 その話しを例のブライアンにすると「あははは、ひいっ、You are non-gentleman」とか言ってビールを飲んだ。

酒巻 修平

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