私の体験談 - ニューギニア 1

 大学を卒業して入った会社は今で言うブラック企業よりもっと酷い会社だった。残業、ボーナスなしなど私は何とも思わない。その会社から何を見込まれたか私はニューギニアに派遣されることになった。

 渡された渡航費用はたったの1オーストラリアドル。当時は1ドル400円換算であった。400円で1か月以上現地に滞在して、ある山に生えている木の数を数えてこいとの命令だった。

 人を馬鹿にした話だが、現地で面倒を見てくれる人たちがいると言う。しかし他社の人たちだ。真剣に面倒を見てくれるとも思えない。

 たまたま木材を運搬する船があったので、その船に乗って行けとのこと。これも経費を節減するためだ。随分社員を馬鹿にした話ではないか。

 私は大学の先輩が入社を勧誘したのでそこに就職をしたのだが、これほどひどいとは思わなかった。今の人が聞いたら吃驚するだろう。

 船に揺られること14日間。同乗者もいたけれどその人は船酔いで滅多に顔を見せない。やることといったら麻雀くらいだ。船員が怠惰な性格は頷ける。仕事を熱心にしようと思ってはいけないのだ。

 当時はコンピューターもないし、私も毎日麻雀をやった。そこの船員はまたずるい麻雀を打つ。辟易したが、やることもないから毎日やった。結局10000円くらい負けて、日本に帰ってから清算をした。

 現地に着くと面倒を見てくれると言った人は冷淡だ。それは当たり前で他社の人間にどうして暖かく処遇してくれるというのだ。

 しかし最低限宿舎と辛うじて食料はあった。彼らがいくら金を持って来たかと聞くので1ドルと答えた。彼らは呆れていたが私を馬鹿にした。

 仕事が始まってまともな仕事がない。毎日起きては食べ、食べては寝るという毎日だ。その宿舎には現地人の奴隷に近い人が家事をするために雇われていたが、その人たちにも馬鹿にされる始末。

 ある日釣をして魚を食料にしようということが現地人の間で協議された。彼らは缶詰を食べたいが買う金がない。仕方がないので釣った魚を食べることにしたのだ。

 そこらの海ではとても大きい魚が割と簡単に釣れる。鯵の一種で平鯵という名前で、全長1mくらいのものが釣れる。

 現地人は釣った魚をぶつ切りにして、米と一緒に煮るのだ。魚の鱗は取らないので、口の周りを鱗だらけにして食べている。私にもどうかとすすめてくれたが、どうも食べる気が起きない。

 私は大した食べ物を恵んで貰えないので、ただで手に入るバナナばかり食べていた。ご存知の通りバナナは栄養豊富な食べ物だ。しかし食べられるバナナの種類は少なく、食べられるのはその中の2,3種類だから、それを手に入れるのにも不自由した。

 そのまま食べられる誰もが知っているバナナは高級品種で、それが当たり前になっている人は一度ニューギニアに体験旅行に行ったらいい。食べられないバナナはクッキングバナナと言って米などと一緒に煮て食べるが不味い。

 パパイアもあった。朝小さな実がなったと思うと昼くらいには今日本で見るくらいの大きさになる。現地では「ポポ」と呼んでいた。最初はしめしめ美味しい食べ物が見つたと思っていたが、そのうちに飽きてしまった。

 誰も食べないのを不思議に思っていたが、10日も食べるとあの味が鼻についてくるのだ。やっぱりバナナの方が良いとバナナ党に戻るのに時間は掛からなかった。

明日に続く

酒巻 修平

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