社長 vs 社員 - 権限

前にも書いたのだが、私は会社を興す前に2社でサラリーマンの経験をしている。これはその時のことだ。

 私は前の会社で酷い目にあったので、弁護士にでもなろうかと暇そうな会社を選んだ。これが悪かった。

 入社3日目、髪の毛をポマードでてかてかに撫でつけた男の人が会社に入ってきた。その人は我々がいる前で「社長、この手形は割引できません」とある一枚の手形を封筒にいれ社長に返却した。

 ポマード男は銀行ではない町の金融会社の人で、いつも我が社の手形の割引をしていたようだ。後から考えるとその手形は優秀な会社が発行したものだったが、上場はしていなかった。

 非上場が理由というのも解せないが、そう言われた社長の顔色はさっと蒼く変わってしまった。大した金額ではないが、我が社が発行した手形を落とす資金が足りなくなった。

 私は入社3日目。大変な会社に入ってしまったなと臍を噛んだが後の祭りだ。割引してもらおうとした手形の金額は23万円。今の金額では50万円程度か。

 社長は青い顔のまま俯いて黙っている。ポマード男はとっくに事務所を出て行っている。社長にはその金額を調達する手段がないのが分かった。

 総務部長は社長の親戚の有名大学出身者で、裕福そうに見えるのでその金額を貸してもらえないのかと社長に聞くと、資金繰りは一切しないとの約束で来てもらっている。無理だとのこと。

 会社が倒産すると私はまた違う会社を探して就職しなければならない。私も前の会社で給料も遅配気味で、貯金もない。止むを得ず友達に話し、3人からその23万円を貸してもらい、会社に貸し付けた。

 サラリーマンが会社にお金の貸付をしてはならないのが、鉄則だが、私は当時まだ28歳。そんな鉄則は分からない。でも結局会社に貸したお金は間もなく返済してもらった。

 そんなことがあって、社長は私に資金繰りの大変さをなにくれとなく話してくれるようになった。資金繰りの大変さでストレス胃炎になっている社長は胃に優しい弁当を持って来ていた。

 当初何故弁当かと訝しんだ私はこれで理由が分かった。前の会社で社長はいつも豪華な食事をしていたので、今度の会社の社長が安くつくお弁当を持って来ている訳が分からなかったのだ。

 相変わらず会社はポマード男に手形の割引を依頼している。金利は年20%くらいなので、金利支払いで大変だ。後で分かったのだが、会社の資本金は6000万円。赤字は1億2000万円くらいあった。

 完全な債務超過だ。いつつぶれてもおかしくない状態である。ある日私は社長に資金繰りは私がすると申し出た。何故そんなことを言い出したのか今振り返ると無謀である。

 しかしどういう訳か私の方が社長より資金繰りが少しは上手そうに感じた。会社の資金状態を調べると都市銀行の一つに定期預金が600万円もある。「これを使えば銀行は手形の割引をしてくれるでしょう。どうして頼まないのですか」と訊くと「何度も頼んだが、その都度断られている」と言う。

 それでは「その定期預金を解約したら少なくても600万円を資金繰りに使えるでしょう」、反論は「それも銀行が許可してくれない。定期預金を解約したらその銀行と取引ができなくなる」。

 銀行との取引は何であるのか。お金も貸してくれないのに、どういうことか分からなかったが、銀行を変えると会社の信用状態が悪くなるということのようだった。

 しかし資金繰り係は私になった。すぐにその銀行に電話をして「我が社の定期預金が600万円ある。それを担保に手形の割引をして欲しい」。そのように依頼すると「そんなことはできない」というのが答えだった。

 私は理屈派だ。仮に受取手形が不渡りになっても、600万円までは保証されている。銀行が断るのはおかしいと考えた。「分かりました。それではその600万円の定期預金を本日付けで解約します。すぐ解約申込書を持参して手続きして下さい」、「えっ、解約?今日付け?」などの応酬があり、銀行の担当者が我が社の事務所にやってきて、私に面談を申し入れた。

 「社長、私はこの酒巻さんという方と今初めてお目に掛かりますが、定期預金を解約して欲しいなどと無茶なことをおっしゃっています。何とか言って下さい」と社長に向かって命令するように言う。

 当時定期預金をどこの銀行も欲しがった。預金金利も高く、5%以上だったと記憶する。もし銀行がこの定期預金を解約されるとその担当者の成績に関わる。

そこで私の言ったことは「資金繰り担当は昨日から私になりました。社長は資金繰りをする権限がもうありません。資金繰りに関することは全て私を通して下さい。社長、それでいいのですね」。社長は馘を縦に振った。

 「ね、分かりましたか。解約申し込みの用紙を持って来て下さいましたか。印鑑は持ち出せませんので、用紙が事務所で必要なのです」、「そんなもの持って来ていませんよ」。「それでは取りに帰って下さい。さもないと今までのことを大蔵省(当時は財務省ではなかった)に相談に行きます」

 「そこまでやるのですか」、「やります。速く取りに行って下さい」。結局用紙をその担当者は取りに帰って、私は会社の印鑑を押した。「でもお宅も事務に多少の時間が掛かるでしょう。解約して入金をするのは明日で結構ですよ」と温情を見せた。

 解約してできた資金を他のさらに大きな都市銀行に定期預金すべく、電話をした。担当者はその日のうちにやってきた。私は600万円の定期預金をしたいので、申込書を持ってきて欲しいと言うと、持ってきましたと言う。

 私は小切手を用意していたので、それを渡し申込書に印鑑を押した。600万円の定期預金は即日できた。それから日を置いて手形割引をお願いしたい。割引してもらいたい手形の振出人のリストですと交渉を始めた。そこがこつだ。定期預金をする条件として手形割引を要求しない度量と会社の信用を考えての行動だ。

 新しい銀行の担当者は3,4日待って欲しいと、リストを持ち帰り、調べた。我が社はそうして3000万円の手形割引枠を作った。

 そうして資金繰りの権限は私に移り、3年間私は資金繰りを一手に引き受けた。社長が弁当を持って来なくなったのは資金繰りの権限を私に移して1カ月ほどしてからだった。

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明日に続く

酒巻 修平

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