私が知る尊敬すべき韓国人

劉さんは外国貨物を日本に輸送する会社を経営していた。我が社は輸入卸販売を主として行っていた会社なので、劉さんが経営する会社に輸送を頼んでいた。

 どのような経緯で劉さんが経営する会社と取引をすることになったのか、忘れてしまった。そこに李さんという女性の社員がいて、実務はその李さんが全て執り行っていた。

 李さんは非常に優秀だったが、取引を始めてから1年くらいで会社を退職した。まだ20代だったようだが、何か事情があるのか社長の劉さんに聞いてみた。

 答えは悲惨だった。李さんが進行癌に犯されて仕事もできなくなったし、余命いくばくもないと言う。しかし我が社は仕事は続けなければならない。

 新しく入社した人も仕事ができる人だったが、李さんほどではない。時々前任者の李さんを思い出した。李さんならこのときこのように対処しただろうとか、笑い声が素敵だったとか、会ったことはなかったが、印象深いひとだった。

 間もなくして、その李さんが亡くなられたと劉さんから電話が掛かってきた。色々聞くと李さんは天涯孤独の人で、劉さんが会社を止め、収入がなくなってからは医療費の全額を劉さんが支払っていたらしい。

 それから葬儀をして墓も立てたと言う。勿論必要経費は全て劉さんが持った。こんな稀有の話を聞くのは久しぶりだった。昔の日本にはこんな話が時々あったが今やもうない。

 亡くなった李さんは身寄りがないので、1か月に一度は香華を手向けに劉さんはお墓詣りに行く。それも費用が掛かる。そんなことをずっと続けていくらしい。劉さんの奥さんも時々は一緒に行くと言う。

 その劉さんの会社とは長く取引を続けた。韓国へ出張すると劉さんが何くれとなく面倒を見てくれた。私は劉さんより年上だから、酒を酌み交わす時は私に見えないように横を向いて杯を干す。

 そんな韓国風の道徳が劉さんには残っていたが、話はどうしても李さんのことになる。李さんは孤児だったので、劉さんは李さんを雇用するのを躊躇ったらしいが、李さんの人柄を見て雇用したと言う。

 私は劉さんを立派な人と思っていたが、日本側の代理店の大会社の従業員は劉さんのことを怖がっていた。少しでも仕事に手抜きがあれば容赦をしないらしい。それはそれで当たり前のことだが、取引相手の我が社からすると非常に仕事をやってもらうのに便利だった。

 今も劉さんは同じ仕事をしている。私は路線を変えて仕事の種類が変わったので、劉さんとの取引は無くなったが、時々思い出す。

 今韓国人の評判はあまり芳しいものではない。理由は様々だが、劉さんは日本人を好み、私も劉さんを通じて韓国人を好んだ。そんな劉さんはこの状態をどのように思っているのだろうか。私は感想を聞いてみたい。

 しかし劉さんもそう若くない筈だ。若い韓国人が劉さんのようにいい仕事をやり、身を挺して社員を大切に思う社長の心があれば日本人、韓国人双方に尊敬感が生まれることは必定だ。

 それは日本、韓国だけではなく、アメリカ、イタリア、中国全ての国に共通の悩みであろう。私は権利を主張する前に義務を考えるとある程度、そんな世の中を少しは良くすることができると思う。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です