政治家とは何か

 猿も集団を作り、そこにはボスがいる。この集団とは国であろうか。確かにボス猿は他の集団から自分たちの集団を隔離して、集団として生活しているようでもあるから、人とは違うが一種の国家を形成しているとも言える。

 人類がまだ原始の時代にあって、狩猟生活をしていた時、今の猿と比べて頭脳は発達していただろうか。もちろんそうだろう。

 だとすると共に狩りをする仲間がいただろうし、リーダー的な役目をする個体がいたはずだ。その人間は頭脳が良く、狩りをするのが得意だったのか、それとも仲間との闘争で無類の力を発揮したのか、想像するしかない。

 ただ人は他の霊長類と比較しても意味がないほど頭脳が発達していて、これがどんな生活環境にあっても、他の動物より多少でも豊かな生活を送ることに寄与したと思われる。

 だが原始の時代は極めて生命を維持するのが困難で、特に敵と戦わなければならない場合は腕力の強さも求められたであろう。

 だとすると腕力も強く頭脳もより発達した個体が集団のリーダーになったに違いない。

 だが時代が進むにつれ、人の頭脳の発達がある地点に到達すると食糧をより効率的、安定的に確保するための作業が始まった。狩猟生活から脱して栽培生活に移行した。

 これはまた食糧を貯蓄する始まりと期を一にすると考えるのは推測ではなく、ほぼ事実に違いと論理的に思える。

 その管理者がリーダーであり、そして彼あるいは彼女は敵とも戦う最有力な戦士だっただろう。

 日本でも奈良時代の歴史を振り返るとそのような兆候が残っているように思える。リーダーは全ての物資の管理者であっただろうし、それが故に集積された物資はほぼ自分個人のものであるとの認識が芽生えるのは人が頭脳をそのような方向に使ったからに相違ない。

 そうなるとリーダーは集団(もう小さな国家かも知れない)の構成員も自分の意のままに動かすようになる。その時点でリーダーは構成員の生殺与奪の権限を自然と持つようになる。

 ただ構成員が多くなり、物資の蓄えも量が増えると一人ではリーダーとしての作業に支障を来すようになるのは当たり前だ。

 そこで自分の意のままになり能力のある人物たちを側近に据え、集団や国家を牛耳っていっただろう。それが貴族社会の成り立ちの原因だ。

 だが他の集団や国家も黙ってはいない。あるいは集団を大きくするために他の集団との闘争を繰り広げたと考えると歴史の事実が見えてくる。

 こうしてリーダー同士の戦いが繰り広げられ、一番能力のあるリーダーが今ある国家の原型を構成したのだ。

 貴族たちは国家の構成員が生きていくのにやっとくらいの食糧を与え、自分たちのために働かした。そして戦争が起こると構成員を戦闘に送り込み、自分たちは後方の安全なところに身を置いただろう。

 だが戦に負けるとこれら貴族たちは殺害される。構成員は食糧などの確保のためや更なる戦争の戦闘員として残されるのだ。

 物々交換が始まると前時代のリーダーや貴族以外の人間でも今までと違う方法で力を持つようになった。これが商業の始まりである。

 生きていくにも戦争をするにも物資が必要だ。それをコントロールするのに商人となる人物たちは武力によるリーダーに乞われたり、脅かされたりしながら物資を提供しただろうが、隠す手立てを考えるのは商人が上手い。

 そうして日本では江戸時代ころから社会を動かすのは実のところ商人になってしまった。貴族に動かされる振りをして実は上手く貴族を操り、社会の実権を全て手に入れてしまった。

 こうして社会は商人の手に落ち、日本では明治時代が始まった。ことに第二次世界大戦に敗れてから日本の政治は商人によって実質なされる状態が完成した。

 政治家は貴族と同様何かの力をいまだ保持しているが、彼らは傀儡に過ぎなくなった。商人が好む法律を作り、商人に物資、すなわち現在の金を恵んでもらいながら形だけは昔の貴族のような生活を続けている。

 民主主義は社会の構成員が社会のあり方を決定するというものの、社会状況を決めているのは商人たちである。

 そんな政治家には力はない。武力を行使して社会に構成員に多大な迷惑を掛ける無法者の政治家は社会の制度に反対して大きな悪を時々行う。

 近くは原爆の投下を指示したトルーマン米大統領、同胞を4000万人殺害してと言われているスターリンソ連第一書記、ヒットラードイツ総統、習近平中国共産党総書記などである。

 彼らは一種の病人である。そんな病人は時々世に顔を出すが、自分の権力は生きて勢力がある時だけ通用するもので、やがて悲惨な終わりを告げる。本人は自分の病気を悟り、自身恐怖感を抱きながら死んで行くのだ。

 政治家にはほとんど力がない。それをあるように勘違いしてはならない。真のリーダーは一連の巨額な資金を手にする人物たちである。

 だが社会は構成員の要望を無視できないので、徐々に変化していく。次代はどんな社会が現出するのか、大人は余命が尽きるのでそれを見ることはないだろう。社会の変化の兆候から想像するのが関の山だ。

酒巻 修平

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