社員と仲良くするネズミ

私が初めて就職した会社は木材の輸入会社で、それを製材する工場も持っていた。突板と言って暑さ1mm以下に銘木を薄切りにして販売する。

 そのころだから自動的に製材する装置もなかったので、大勢の工員が雇われていて製材から商品への仕上げ作業に従事していた。

 工員たちにはどのような給料が支払われていたが、私は興味がなかったが、多分そのころのことだから低いものだったと今は推測する。

 その分社員寮があって寝泊りができて食事は無料だった。私もその人たちと酒を社員寮で飲むことがあり、酔って帰宅が面倒になるとよく泊った。

 その夜も何人かと酒を飲んで酔ってしまった。酒はさすがに会社が支給しれくれないので、私か誰かが買ってきたのだと思う。

 皆、気が良い人たちで、馬鹿話をしながら楽しく過ごした。人が入れ替わり立ち代わりやってきては酒に参加をする。酒が入っているので、座がいやがうえにも盛りあがる。

 社員寮は一つの大きな部屋で、皆雑魚寝をする。布団を着て寝た記憶がないので、多分暑い季節だったと記憶する。ぐっすりと眠っていた。

 夜中何時ころだろうか、突然「ぎゃあ」という叫び声が聞こえて、寝ている人全員が目を覚ました。

 見ると一人の工員が叫びながら、部屋中駆けまわっていた。それを見た人は「あいつ気が狂ったな」とか「癲癇の発作が出たのだろう。何とかしなければ」とか

顔を見合わせながら、口々に話す。

 走り回っている人は下着だけ着た姿で、ステテコと言って股引より短くて下が開いているのをパンツの上に着ている。その男がステテコの裾とかもう少し上とかを手で押さえたりして、なお「ぎゃあ、ぎゃあ」と走るのを止めない。

 そのうちに立ち止まるとそのステテコの下からネズミが出て来て、男は走るのを止めて座り込んでしまった。どうもステテコの裾からネズミが入り込んでしまったらしい。

 男はそれを皆に説明すると聞いている人は最初唖然としてが、顛末を知って今度は大笑い。しばらくまた雑談をして寝た。

 明くる日のことである。工場は8時始まりなので、6時半ころに起きて、食事をする。食堂には若い女性が3人ほどいて、もう食事の支度をしている。

 きのうネズミ事件を起こした男は面白おかしくその女性たちにネズミのことを話している。自分がまるで英雄にでもなったかのように、身振り手振りで話すものだから、女性たちは「きゃあ」とか「止めて」とか言うが、結構面白そうに話しを聞いていた。

 台所を大きくしたような炊事場は古く汚い。そこに真っ新な若い女性がいるものだから、工員たちはよくそこに行って話をする。女性はよく笑った。その頃の格言に「箸が転んでも笑う年頃」というのがあるので、私は試しに箸を転がしてみた。女性たちはそれを見て、やっぱり大笑いをした。当時の女性は無邪気だった。

 ところでそのネズミ男の話は長い。できるだけ女性の傍にいたいのだろう。大きく口を開けて「俺はぎゃあ、ぎゃあ大声を出して部屋中走り回った。あの時は気持ちが悪かったな。考えてもみな、ステテコの中のねすみが走り回っているんだぜ」とかいうと女性は「いやだ、死ぬわよ」と訳も分からないことを言いながら話を続きを促す。

 その時だ。そのねずみ男が今度は「うぐっ」と言って目を回して体をくねらした。見ていた工員たちが、今度は何だ。どうしたのだと騒いでいる。昨夜と違って大声は出さないが異変があったのは間違いがない。

 心配して皆が回りを囲むがそのねずみ男は一切話をしないが、目も見開いて「うぐっ、うぐっ」と胃の辺りを押さえる。「胃が痛いのか」「何か入ったのか」と心配そうだ。

 そんな状態が5分ほど続いただろうか。その男が割りと正気に戻り、説明をし始めた。「どうしてこうなったのか分からないが、そこにいた子ねずみが口を開いた瞬間に開いた口に飛び込んで来た。俺は吃驚して口を咄嗟に閉じると俺はその子ネズミを飲み込んでしまった。しばらく胃の中で動いていたが、今は静かになった」

 勿論そのねずみ男は満腹で朝ごはんは必要なかった。私も酔っぱらってゴキブリを食べたことがあるのは前に書いたが、どちらが美味いか、試したくはなかった。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です