ニュースはこのように読もう - 17-3-12退位特例法で

私は天皇制に賛成でもないし、反対でもない。考える役目は私ではない。政治家か天皇制に詳しい人たちだ。

退位の問題は知っている。老齢になられた天皇陛下が執務に耐える体力がなくなったのを機に、退位されたいということだ。ご自分の仕事に体力的な自信がなくなられたのだろう。

平成天皇がまだ皇太子のころ、これはひとから聞いたことだが、悪友に唆されて新橋辺りの喫茶店へ世間見物に連れていかれた。

ガードをしている人たちは大騒ぎになったことだろうが、その話しは覚えていない。そんなことはそれこそ想定外だから、油断もあったと思う。

それからの顛末は聞いたかどうか覚えていないが、皇太子さまは後で述懐されている。あの時は生まれてから一番楽しい経験をしたと。

それはそうだろう。毎日決められたことを決められた通りにやる。自分は考えることも許されない。でも喫茶店では注文する品を自分で決める。そんなことはかつてなかったことだ。

私は天皇制のことは考えることは少ないが、少なくても天皇家の方々は我々が考えるような幸せには恵まれていないのだと思う。幸せは不幸な状態や心が満足しない状態から生まれるものだ。あの方々には何が幸せで何が不幸かも分からないだろう。昭和天皇はそれを経験された。戦争だ。

天皇になれば毎日が義務を果たすことの連続だ。給料を貰う楽しみもない。ボーナスをもらえば何に使おうかと考えることもない。ただただ毎日の義務を遂行する。この一点だ。

義務と権利は表裏一体だ。天皇陛下にはそれがほとんどない。毎日が義務を果たす日だ。しかしこれが尊い。今のアメリカを初めとする国の人々は義務を忘れて権利の主張をする。それが世の中を悪くしているのさえ、気が付かない。

天皇陛下はその義務に付帯する権利の行使もままならない。毎日仕事即ち義務の遂行の邁進する一方だ。幼少期から儀式を覚え、話し方の訓練をされ、ひたすら国家と国民のために義務を尽くす。

私にはそのようなことはできない。する勇気もする心も持たない。他のどの国民や政治家も同様だ。

一般の人に例えると、食事は無料で、いい服を着ることはできても、何を食べるか何を着るのかを決める自由が。仕事をしても給料はもらえないのだ。そんな不公平とも言える生活に不平を言わず、ひたすら仕事をされる。

お金に関する苦労はないだろう。しかしそれも反面苦労だ。なんの心配もなく考えることもなく、ただただ儀式や仕事に邁進することにどのように人生の楽しみを見つけられるのか。

だからお顔が尊くなってくる。若い時は人柄も練れておられなかったのは一般人と同様だと察せられるが、そこからの勉強が違う。自分はなんのためにいるのか。生きる目標は何なのか。それを考えないようにすることだ。ただ義務を果たす。それが課された生まれつきなのだ。

天皇陛下がいなくて、政治家だけが外交をすると想像すると分かる。日本の品位は今より低くなるだろう。外交に長けた政治家がいくらいても、経済力があってもアメリカの政治には品位はない。権利ばかりを主張し、そこには日本の天皇のように義務だけを果たす人はいない。

そんなことを考えると私は天皇制に賛成する方に傾く。

酒巻 修平

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