17-3-17のニュース斜め読み - 南スーダン日報隠し

南スーダンに派遣された自衛隊の日報が破棄されずに、保管されていたことに関して統幕長がその事実を承知していない。現段階ではコメントを差し控えたいと話したと報道された。

 今までの常識からすると統幕長は知っていたし、その事実をどのように取り繕うか考慮しているから現段階でのコメントを差し控えたと考えるのが至当だと思われる。勿論そうでない可能性もあるが、一般的にはあるいは統計的には前者の可能性の方が濃厚であると見るべきだ。

 この事件の真相は勿論霧の中に消えて行ってしまう運命にあるが、もしこの統幕長が嘘を付いたからと言って、悪人かと言えばそうとも言い切れない。

 野党には知られたくない事情もあるだろうし、知られた方が不利益が多いことなどから判断して、知らないことにしておくのだろう。

 繰り返すようだが、人の性は善だけではないし悪だけでもない。二つの面を併せ持っているのは、我々自身のことを振り返っても自明のことだと気が付くだろう。知らなかったと仮に嘘を付いてもこの統幕長が悪人だと決めつけるのは良くない。

 ただ覚えておかなくてはならないのは、このように野党や国民に知らせないことが大半でこのことのように表に現れる方が例外だということだ。裏に隠された事実は90%で、公表されるのは10%だけで、それは公表しても差し支えがないことに限られる。

 そうでないと業務に差し支えるし、野党はことを不必要に拡大し、政権の奪還の道具とするし、国民はメディアに煽られて誤解、曲解をしてしまう。

 これを防ぐには国民が賢くなる必要がある。しかしそれはほぼ実現不可能だ。アメリカ大統領選挙の時のばか騒ぎの報道でも分かるように、アメリカにもあんなに多くの感情的な支持者が自分の主義主張を声高に表明し、行動する。世界全ての一般人は無知なのだし、そうである方が生きやすい。

 国民がことの深い意味と正確な分析をすれば、統幕長は嘘をつく必要がないし、その方が楽だ。それを敢えて知らないと言わなければならないところに普通選挙法の欠点が隠れているし、これは防ぎようがない。

 それではもし国民で官僚でもない、政治家でもない人が統幕長の代理を務めればどのような行動をするかを考えると空恐ろしい事態が出現するだろう。

 国民は感情的にならず、それほど重要でないことは任せるより仕方がない。そもそも自衛隊の存在は憲法違反である。

 もしそうなら共産党はどうして毎国会でそのことを訴えないのか。自衛隊の存在自体が憲法違反なら、それより些細な日報の存在がどうして大きくクローズアップされるのか。

 答えはこれに関する国会の与野党の応酬は国民のためにやっているのではなく、単に与野党の権力闘争でしかないということに尽きる。

 自衛隊の幹部、現地に派遣された部隊の幹部は都合のいい嘘も付くだろう。戦時中の大本営発表をみても分かる。しかしその部隊には多くの隊員がいて、一所懸命業務をこなしているのだ。

 統幕長の詰まらない嘘かも知れないことに感情的にならず、我々は一般の自衛隊員の仕事に感謝しなければならないのではないか。家族と離れ行きたくもないスーダンに派遣されているのだ。

 もう一度言う。統幕長も我々も性は善でかつ悪である。だから政府や官僚の責任者は永遠に嘘を付き、かつ善行も行うのだ。人の性で変えることはできない。

それが社会というものだ。

 その嘘が国民にとって度を超していると冷静に判断される時は、国民は不満をぶつけて次回の選挙に与党は破れるだろう。選挙権だけが国民の意見を言えるチャンスである。

 その選挙でハンサムだから、有名女優だから投票したという人がいる限り、統幕長は嘘を言い続けるだろう。私は統幕長より選挙権をそんな理由で無駄遣いしている人の方を非難する。

酒巻 修平

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