癌になった我が家の犬が寿命を全う

 私は長年犬を飼おうと念願していたが、妻が犬や猫を飼うのを極端に嫌がり、念願を達成できないでいた。

 ある時子供たちが最近一匹の犬が自分の後を付いてきて困るという話しを私に聞かせた。私は興味を持って話しを聞いた。何か妻の気持ちを変える材料も出て来るのではないかとの下心があったのは当然である。

 息子の一人の話しはこうだった。ある日自転車で歯医者さんに行こうとするとその犬が後を付いてくるので困って自転車を全速力で漕いだがとうとう振り切れず歯医者さんまで付いて来てしまった。

 だが流石の犬も歯医者さんの中までは入れず悲しそうな顔をしている。歯医者さんでは30分ほど治療時間が掛かり、料金を支払って外に出た。もう犬はどこかに去ってしまったと思っていたところ、何とその犬が玄関の外で蹲って待っていたというのだ。

 犬は嬉しそうに尻尾を振りまた息子の後を付いてくる。もう勝てないから全速力では走らず自転車に乗って自宅まで帰った。しばらくして外に出ると犬はいなくなっていたので、こんなことはもうないだろうと安心したらしい。

 ある日私と妻が近所を散歩しているとその犬が付いてきた。私が何かの拍子でその犬の足を踏むと、犬は「きゃんきゃん」と鳴いて、恨めしそうな顔をし、振り返り振り返り、去っていった。

 ところが次に散歩した時、足を踏まれたことを忘れたのか、また付いてくる。これにはまいった。私は妻に強く言い放った。「この犬は我が家で飼う」と。妻はとても嫌がったが渋々私の要求というか決断を受け入れ、その犬は「テラ」と名付けられた。

 買った犬小屋のメーカー名が「てらだ」だったので、その最初の二文字を取って「てら」。すなわち「テラ」である。テラとはヨーロッパ語で大地とか地域を意味する言葉で、私は自分の命名に満足した。

 さてテラを飼ってから食事の支度は妻がするし散歩にも時々連れていく。あれほど犬を嫌がった妻もそのうちいないと夜も昼も過ごせないくらいテラに気持ちを没頭させた。可愛くて可愛くて仕方がない様子。

 人は言うことを聞き入れないことがあるが、テラは何でも言うことを聞く。だから妻は夫よりテラが好きになった。

 私は前から引っ越しが好きで、結局テラは3軒の家で過ごした。飼った最初の日、食事を与えるといくらでも食べるので、沢山やったところ腹痛になり、慌てて動物病院に行ったこともあった。

 テラは飼った時首輪をしていたので、誰かの飼い犬だと思うのだが、何か月か近所をうろついていて、食事などをもらっていたらしい。もし元の飼い主が現れたらどうしようかと真剣に考えたこともあるが、このテラが野良犬になった経緯はもちろん分からない。

 散歩の途中にある広場で離してやると転ぶように走る姿が今でも目に浮かぶ。動物病院の獣医は歯の具合から生後1年くらいかと推定していた。まだ成犬に成りきっていなかったのだろう。

 そうして月日が経ち、ある時腹の中にできものがあるのを発見した。動物病院で見てもらうとそれは「癌」とのこと。相当進行しているので、もう長くは持たないだろうと宣告された時の妻の顔は今もはっきり覚えている。

 でも何とか助けたい。できるだけ長く生きてもらいたい。そんな思いで色々な療法を試したがどれも効果がなさそうだった。

 誰の紹介だったか、核酸SUNα-Sというサプリメントが案外効くのではないかということを聞いて新潟にあるメーカーに電話をした。

 元は人の癌用に開発されたサプリメントであるそうで、充分な量飲んでいると癌が進行しないそうだ。ただ癌は消滅しないと説明を受けた。癌は進行しなければ単なる出来物で、体に対して害はほとんどない。

 テラは体重が15㎏くらいだから1本300円くらいのそのサプリメントを毎日餌に混ぜて与えた。もちろん効果があるかどうかは分からなかったので、毎月獣医に診断させていた。

 テラの癌を発見したのは8歳ころだと思う。出費はあったがテラをなんとか長生きさせたいという思いから藁をもつかむ心境でそのサプリメントを与え続けた。

 嬉しいことにテラの癌はメーカーの言う通り進行していない。でもしこりに手をやると当たる。不安を抱えながらの毎日だったが、テラが亡くなったのはそれから7、8年経ったころだった。

 テラは中型犬だったので、それくらいが平均寿命だとするとテラはそのサプリメントで天寿を全うしたことになる。そのメーカーには感謝の気持ちが一杯だ。

 テラはもちろん自分が癌だとは知らない。最初は気にしていた胃の辺りもだんだん注意しなくなり、我々も安心であった。

 テラが死んだときは本当に悲しくて、動物用の葬式をして遺骨はいまだに私が管理している。

 2年ほど前から妻が更に嫌がった猫を飼っている。猫の世話ばかりやく妻には困ったものだが、人の気持ちを平穏に保つにはペットの動物がいるのは良いことだ。そんなことを考えながら妻の動作を見守っている。

酒巻 修平

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