イタリア人とのばか騒ぎ - お前の名前はジュゼッペ

私は何度もフィレンツェに仕事で行った。そのころはまだ今のように観光客で溢れかえっていることはなかった。確かに観光都市だが、数は少なく、ゆったりとした気分も味わえた。

 取引相手が夕食の前にある寺院に連れて行ってくれた。そして上の方に刻まれている人物の名前を指しながら、フィレンツェはあんなに沢山の歴史上の人物を輩出したと大いに自慢した。

 アメリゴ ベスプッチ、ボッティチェッリ、ミケランジェロ、ダヴィンチ、マチャベリ、ダンテ。まだ他にも名前が彫り込まれていたが、忘れてしまった。とにかく彼が自慢するだけのことはある。

 イタリア人は自分が世の中で一番偉いと思っている。この彼はその思いを歴史上の人物を排出したということで語りたかったのだ。その寺院を見た後、彼はフィレンツェ一番というレストランに私を連れていった。

 レストランに入る時がまた面白い。取引先の男は私に対するのとは違う威厳を装い、迎えたマネージャーもまたここでお前らに食事をさせてやっても良い、そんな態度を示して迎える。

 私は吹き出しそうになった。アメリカ文化に慣れた私には滑稽に見えた。アメリカではマネーが全てだからアメリカ人は自分が一番の人間であるというようなことはどうでもいい。金を沢山払う人が一番なのだ。

 レストランでワインを待つ間、私は次々入ってくる客を見ていた。誰もが俺が世の中で一番だ。どうだ、まいったかという姿勢で、こちらも世の中一番のウエイターに案内されて席に付く。

 ワインが出てきた、食事が始まる。私はあれっと思った。日本で食べるイタリア料理の方がよっぽど美味しいし、ワインも良い。それなのに、美味しいだろう。ワインはどうかと尋ねる。私はいい人だから、流石フィレンツェだ。世界一だと言ってやると、仕入れ先の男は満足そうに頷く。

 私はもうこれでイタリア人のおちょくり方が呑み込めた。食事の後予約してあったホテルに連れて行ってもらう。その時も「お前は車の運転が上手いな。快適だよ」と言ってやるとこれは拙かった。スピードを上げて危ない。

 フロントでチェックインをしようとするとフロント係の男がまた威厳を作っている。そこで私は「よう、ジュゼッペ、私だよ。酒巻を忘れたのか」と言うと「よう酒巻、またよく来たな。でも俺の名前はジュゼッペではないよ」と返してくる。

 フロント係は二人いた。隣の掛かりの男が興味深そうに私の顔を見ながら、会話を聞いている。「ジュゼッペ、何を言うのだ。お前はジュゼッペではないか。自分の名前も忘れたのか」と私。

 隣の男はますます興味を示し、他の客への対応もそこそこにこちらを見る。私は以前このホテルに宿泊したことはないし、そのジュゼッペと話をしたことも勿論ない。隣の男は私の担当の男の名前がジュゼッペではないことを知っている。これは面白くなったなともうこちらを向いて、他の客の対応もしない。

「違うよ。おれはロレンツォだよ」彼は言うが私は取り合わない。「ジュゼッペ、いいじゃないか。自分ではロレンツォと思っておけばいいよ。でも私はお前がジュゼッペだということを知っている。ここのホテルにいるときはお前をジュゼッペと呼ぶよ」

隣の男はとうとう笑い出した。曰く「ジュゼッペ、お客様の言う通りだ。なあ、ジュゼッペ」。とうとう私の担当はジュゼッペになってしまった。鍵を預けるとき、美味しいレストランの場所を聞くとき、朝の挨拶をするとき、必ず「ジュゼッペ」と呼んでやる。

私の顔を見ると隣の男も「ジュゼッペ、Mr.Sakamakiが来たよ」とか自分も私の尻馬に乗って、ジュゼッペ、ジュゼッペと隣の男をおちょくる。そのジュゼッペは不満そうな顔をして「俺の名は」と言いかけるのを、私は必ず遮る。「ジュゼッペ、いいじゃないか。忘れることは誰にでもあることだ。お前は世界一のフロントマンだ」などと煽てながら、言い募る。

何日かそのホテルに滞在して仕事を終えて日本へ帰る日が来た。私は「色々お世話になったな。ところでお前の名前は何だっけな」と訊くと彼は目を丸くして私を見る。隣の男はまた大笑いをした。

酒巻 修平

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